鑑賞ノート– category –
映画・ドラマ・アニメ・本など、観たり読んだりした作品について綴るカテゴリーです。気軽な感想から、登場人物や物語、演出、時代背景について掘り下げた考察まで、作品をきっかけに書いた文章をまとめています。
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鑑賞ノート
パク・ウンビンに開眼した―『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』と韓流ロマンスへの苦手意識の行方
韓流ロマンスへの、ある種の苦手意識 「冬のソナタ」や「愛の不時着」がそうであったように、韓国ドラマといえば、いかにも恋愛ドラマ的なものが長らく人気の中心にあった。特にいわゆる"おばさま方"に絶大な支持を得てきたことは、世間的にもよく知られて... -
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何事もなかったように弾き続ける男 『ピアニストを撃て』の壮大なバッドエンド
フランソワ・トリュフォー監督の『ピアニストを撃て』は、犯罪映画の装いをまといながら、一人の男が愛することへの勇気を失っていく過程を描いた作品である。 ギャングに追われる兄弟、誘拐、銃撃戦といった出来事が軽快なテンポで連なっていく。しかし、... -
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「妻を捜す夫」が犯人だった――『鵜頭川村事件』と自己欺瞞の構造
『連続ドラマW 鵜頭川村事件』(2022年、WOWOW)は、失踪した妻を捜す医師・岩森明を主人公にする。話の筋は途中からなんとなく予測がつく部分もあるのだが、WOWOWの連続ドラマWらしく尺が短いぶん、ダレずに最後まで見切れた。 見終えたあとに残るのは謎... -
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愛するジャンルが自縄自縛になるとき——『ロンドンの傘』とマクベスの亡霊
『刑事コロンボ』の中で、本作ほど評価が二極化するエピソードはない。熱烈なファンがいる一方で、シリーズ最低作の一つに挙げる声も根強い。その理由を探ると、二つの問題が絡み合っていることがわかる。 ひとつは、英国ミステリーへの「愛」が描写の精度... -
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証拠は「あるもの」だけではない――コロンボが発見した「不在の証明」
はじめに 推理小説における証拠とは、ふつう「残されたもの」だ。足跡、指紋、目撃証言、遺留品。探偵はそれらを拾い集め、犯人へと辿り着く。 だが『刑事コロンボ』第12話「アリバイのダイヤル」は、その常識をひっくり返す。コロンボ警部が犯人ポール・... -
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愛の不在を糧にする怪異、という寓話性 ―映画『来る』論
中島哲也監督の『来る』を見終えたときに印象に残るのは、恐怖というより一種の"居心地の悪さ"である。血飛沫や絶叫といった直接的な怖さよりも、この映画がじわじわと突きつけてくるのは、もっと個人的で、もっと日常的な恐怖――すなわち「自分は誰かを本... -
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ヴェルヌが書かなかった殺人事件——『地底探検』(1959)はなぜ「敵」を必要としたのか
ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』を初めて読んだとき、私は驚いた。映画『地底探検』(1959)の印象が強烈だったからだ。 映画では、物語の序盤で学者が何者かに殺害され、主人公たちも命を狙われる。緊迫したサスペンスが全編を貫く。ところが原作には、そ... -
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「悪魔と夜ふかし」に見る、テレビに魂を売った男の業
YouTubeでこの映画の予告編をたまたま目にしたのは、もうずいぶん前のことだったように思う。深夜トーク番組の体裁を借りた不穏な空気と、あの独特なフィルムの質感が妙に頭に残っていた。 それからどれだけ時間が経っただろうか。先日ようやく本編を見る... -
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知性の使い道と、1972年のキャシー——『悪の温室』が描く二つの倫理
ジャービス・グッドランドとコロンボ警部補は、どちらも周囲より明らかに賢い。それは疑いようがない。しかし二人が「自分より劣った相手」に対してとる態度は、まるで正反対だ。この非対称が、このエピソードの静かな主題をなしている。 ジャービスにとっ... -
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機械に判断を委ねる恐怖——1983年の映画が、2026年のAI社会を予言していた件 『ウォー・ゲーム』(WarGames、1983年)
あの頃、ぼくはテレビに釘付けだった 小学生のころ、テレビで何度も見た映画がある。 『ウォー・ゲーム』だ。 当時のぼくにとって、この映画のどこが面白かったかといえば、主人公の少年がコンピュータをいじくり回してハッキングするシーンの格好よさ、そ...