決勝トーナメントのPK戦は、いつ見ても慣れない。
120分を戦い、足も心も削られたあとで、最後はひとりずつボールを置く。チームで積み上げてきた時間が、一本のキックに集まる。成功すれば歓声が爆発し、失敗すれば、音が遠のく。
オーストラリア対エジプトは、まさにその場所へたどり着いた。
結果は、オーストラリア 1-1 エジプト。
延長戦でも決着はつかず、PK戦は2-4。
エジプトが勝ち抜き、ラウンド16へ進んだ。
出典:theWORLD(ザ・ワールド)
エジプトにとって、これは大きな勝利である。ワールドカップの決勝トーナメントで初めての勝利だと報じられている。勝ち方は派手な快勝ではなかった。90分で突き放したわけでもない。延長で劇的なゴールを決めたわけでもない。
だが、PK戦を制した。
それは、決勝トーナメントでは十分すぎるほど重い勝ち方である。
試合は、エジプトが先に動かした。
カリム・ハフェズがボックス内へ入れ直したボールに、エマム・アシュールが反応する。ファーサイドで頭で合わせ、エジプトが先制した。大きな試合で、先に点を取る。これはチームにとって何よりの支えになる。
エジプトにはモハメド・サラーがいる。
その名前だけで、どうしても攻撃の中心として見られる。だが、この試合の先制点はアシュールだった。サラーだけのチームではない。そう示すようなゴールでもあった。もちろん、サラーの存在が相手を引きつけ、チーム全体に重みを与えることは変わらない。だが、決勝トーナメントを勝ち抜くには、ひとりの名前だけでは足りない。
エジプトは、そのことを知っていたのだろう。
一方のオーストラリアは、追いかける展開になった。
グループDを2位で突破してきたチームである。アメリカ、パラグアイ、トルコと同じ組を戦い抜き、決勝トーナメントへ進んできた。日本から見ると、オーストラリアはアジアの大きなライバルでもある。粘り強く、身体を張り、簡単には折れない国という印象がある。
そのオーストラリアは、やはり簡単には終わらなかった。
後半、オーストラリアが同点に追いつく。
モハメド・ハニーのオウンゴールだった。
ゴールの形としては、オーストラリアの選手の名前が記録に残るものではない。だが、そこに至るまでの圧力があった。ゴール前にボールを入れ、相手を慌てさせ、ミスを誘う。決勝トーナメントでは、きれいな形だけがゴールになるわけではない。泥臭くても、相手に触らせても、ネットが揺れれば試合は変わる。
1-1。
ここから試合は、さらに重くなった。
どちらにも、次へ進む可能性があった。
どちらにも、ここで終わる危険があった。
決勝トーナメントの1-1は、見ている側にも力が入る。次の1点がすべてを変える。だが、その1点を取りに行きすぎれば、逆にやられる。攻めたい。だが、失いたくない。そういう矛盾した感情が、選手たちの足元にまとわりつく。
オーストラリアは、後半に押し返す時間を作った。
エジプトも、勝ち越しの機会を探した。
それでも、90分では決着しなかった。
延長戦に入ると、試合の空気はさらに静かになる。疲労が見える。走る距離は短くなり、判断は少し遅れる。それでも、ひとつのミスが敗退につながる。足を止めることはできない。
オーストラリアのGKパトリック・ビーチは、終盤に重要なセーブを見せたと報じられている。エジプトが決めていれば、そこで試合は終わっていたかもしれない。ビーチは、オーストラリアの大会をPK戦まで運んだと言ってもよい。
だが、PK戦に入る前に、オーストラリアはGKを交代した。
マット・ライアンが、PK戦のために入った。
こういう交代には、独特の緊張がある。止めるために送り出されるGK。期待も大きいが、失敗したときの重さも大きい。
そして、PK戦が始まった。
エジプトは落ち着いていた。
4人が蹴り、4人が決めた。
サラーも決めた。
PK戦では、成功した選手の顔より、外した選手の顔が残ってしまうことがある。だが、決める側にも重さはある。特にサラーには、過去の痛みもある。クラブでも代表でも、PKや大舞台の記憶を背負ってきた選手である。そのサラーが、ここで冷静に決めた。
エジプトは、外さなかった。
一方で、オーストラリアは2本を失敗した。
ハリー・サウター、そして若いルーカス・ヘリントンが決められなかったと報じられている。ヘリントンはクロスバーに当て、試合後には大きく落ち込んでいたという。
出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN
こういう場面は、見ているだけでも胸が痛い。
若い選手が、ワールドカップの決勝トーナメントでPKを蹴る。
その一歩を踏み出すだけでも、どれほどの勇気がいるのか。
外した瞬間、その場にいる全員の視線が自分へ向く。
だが、彼を責める気にはなれない。
PKを蹴る選手は、逃げなかった選手である。
あの場面でボールを持ち、ペナルティースポットに置き、助走を取った。それだけで、外から見ている者が簡単に断じてよいものではない。
PK戦は、エジプトが4-2で勝った。
最後に歓喜したのはエジプトだった。
選手たちは抱き合い、スタンドの赤い色が揺れたはずである。エジプトにとっては、歴史的な一歩だった。ワールドカップの決勝トーナメントで勝つ。サラーのいる時代に、その扉を開く。それは国にとって、長く残る記憶になるだろう。
次の相手はアルゼンチンである。
簡単な相手ではない。むしろ、ここからさらに大きな壁が待っている。アルゼンチンはカーボベルデを3-2で下し、苦しみながらも勝ち上がってきた。エジプトにとって、次の試合はまた別の種類の重さを持つことになる。
それでも、エジプトは次へ進んだ。
一方で、オーストラリアの大会はここで終わった。
ワールドカップの決勝トーナメント初勝利は、また届かなかった。1-1に追いつき、延長を戦い、PK戦まで持ち込んだ。そこまで行ったからこそ、敗退の痛みは大きい。あと一本、あと一歩、あと少し。そういう言葉が、選手にもサポーターにも残るはずである。
だが、オーストラリアの戦いを失敗とだけ言うのは違う。
グループを突破し、決勝トーナメントでエジプトと120分を戦った。先に失点しても追いつき、最後まで試合を手放さなかった。勝てなかった事実は重い。だが、その粘りまで消えるわけではない。
決勝トーナメントは残酷である。
PK戦の数字だけが、勝者と敗者を分ける。
エジプトは4本決めた。
オーストラリアは2本しか決められなかった。
ただそれだけで、片方は次へ進み、片方は荷物をまとめる。
しかし、そこに至るまでの120分は、両方の国にあった。先制したエジプトの勇気。追いついたオーストラリアの粘り。延長で耐えたGKの集中。PKを蹴った選手の孤独。外した選手を抱きしめる仲間の手。
そのすべてが、1-1という数字の奥にある。
エジプトは、PK戦の静寂の中で初めての扉を開いた。
オーストラリアは、あと少しのところでその扉の前に立ち止まった。
勝者の歓声と、敗者の沈黙。
この試合の余韻は、その間に長く残る。



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