江戸川乱歩– tag –
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鑑賞ノート
草刈りの刃音と、乱歩の底知れぬ告白――『湖畔亭事件』を聴きながら
うちの墓は霊園のような共同墓地ではなく、「墓所」である。広さにして20数坪ほどある。 それだけの広さがありながら、手入れに通うのは自分ひとりだ。放っておけばあっという間に雑草に呑まれてしまうため、一年に何度も草刈りに足を運ばなければならない... -
鑑賞ノート
『人間椅子』の怖さは、確かめようのない話のほうにある
店の椅子を、お客さんにほめてもらうことがある。「いい椅子だね」と言われると、僕はいつも同じ話をする。昔、山小屋でカフェをしていた人が手作りした椅子らしい、と。 ただ、その話が本当かどうか、僕は知らない。 そういう椅子に毎日人を座らせている... -
鑑賞ノート
乱歩「双生児」――語られなかったのは、妻の気持ちだった
オーディブルで乱歩を順番に聴いている。現代ミステリーはほとんど読まないし、ビジネス書はどこかで聞いた話が半分で、あまり面白くない。結局、短い時間で聴ける昔の小説に戻ってくる。乱歩は全作品を読破するつもりでいて、「双生児」は50分足らずで終... -
鑑賞ノート
二十数分の乱歩「日記帳」が、店に着いても終わらなかった
江戸川乱歩の「日記帳」は、暗号ですれ違った二人の話として読まれることが多い。語り手の兄もそう結論する。ただ、日付を並べてみると、その結論は一つの読みにすぎないように思えてくる。 オーディブルで二十数分。買い出しの車の中で聞き終え、店に着く... -
鑑賞ノート
あの頃の興奮はどこへ消えたか——『少年探偵団』を読み直して
大人になって読む『怪人二十面相』 正直に言うと、面食らった。『怪人二十面相』を読み始めたとき、それまで読んでいた江戸川乱歩の小説とは明らかに毛色が違うと感じたのである。「屋根裏の散歩者」や「心理試験」のような、じっとりとした人間の暗部を覗... -
鑑賞ノート
省略の美学――甲賀三郎のデビュー作と、本格探偵小説が成立する条件
はじめに 1923年(大正12年)、二人の新人作家がほぼ同時に「探偵小説」というジャンルへ乗り込んできた。4月、江戸川乱歩が「新青年」に「二銭銅貨」を発表し、その4ヶ月後、甲賀三郎が「新趣味」の懸賞小説に「真珠塔の秘密」を投じ、一等入選を果たした... -
鑑賞ノート
検閲が生んだ怪人――二十面相はなぜ人を殺さないのか
二十面相は人を殺さない。 刃物もピストルも使わず、血を流すことを嫌い、どれほど追い詰められても命を奪わない。これは江戸川乱歩が道徳的な理由から設定した規範ではない。国家が彼にそう書かせたのだ。 その制約の中から、日本のエンターテインメント... -
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『黒手組』における「偽装誘拐」と「本物の駆け落ち」——偶然が交錯する二重構造の巧みさ
先日、江戸川乱歩の短編『黒手組』(1925年)を読み終えた。明智小五郎シリーズの初期作品の一つだが、読後、静かに考えさせられる部分が多かった。本作は一見シンプルな誘拐事件のように始まるが、実際には二つの独立した出来事が重なり合う二重構造にな... -
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ガラスの短刀との深謀 ── 江戸川乱歩「兇器」を読む
江戸川乱歩の短篇「兇器」は、ミステリーとしてのトリックの面白さだけでなく、人間の心の恐ろしさをじっくり描いた作品である。「ガラスで人を殺す」という、読んだあとも頭から離れない仕掛けと、そこに至るまでの女の計算された演技。この記事では、物... -
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江戸川乱歩「百面相役者」考察|Rは百面相役者ではなく、“それを殺した男”なのか
はじめに 江戸川乱歩の短編『百面相役者』は、読了後に「結局、何が真実だったのか」と考えさせる、不思議な余韻を残す作品である。 明確な犯人も提示されず、決定的な真相も示されない。それにもかかわらず、いったんは納得したような感覚を与えられる。...