原作『吸血鬼』と何が違う?「氷柱の美女」完全解説——江戸川乱歩の美女シリーズ第1作(1977年)

1977年8月20日の土曜日、日本のテレビ史にひとつの転換点が刻まれた。テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」の第1作として放送された『江戸川乱歩「吸血鬼」より 氷柱の美女』——これが、1977年から1994年までの17年間にわたって愛され続ける伝説的シリーズの幕開けである。本稿では、原作小説との比較を含め、そのすべてをネタバレ込みで解説する。


目次

作品データ:制作背景とスタッフ・キャスト

制作背景

当時、毎日放送(関東ではTBS)で放映されていた「横溝正史シリーズ」が空前の人気を博していた。そのヒットを受け、テレビ朝日は「非情のライセンス」で会田刑事役を演じていた天知茂を明智小五郎役に据え、乱歩の猟奇とエロスで対抗する形で本シリーズを立ち上げた。

舞台となった「土曜ワイド劇場」は90分の番組枠。本作は大人の視聴者をターゲットに据え、江戸川乱歩の作品を現代風にアレンジしたテレビドラマシリーズの出発点となった。

スタッフ

役割人名
監督井上梅次
脚本宮川一郎
原作江戸川乱歩「吸血鬼」
音楽鏑木創
撮影平瀬静雄
制作松竹

主要キャスト

役名俳優
明智小五郎天知茂
柳倭文子(美女)三ツ矢歌子
三谷/谷山三郎(真犯人)松橋登
岡田(求婚者)菅貫太郎
文代(明智の助手)五十嵐めぐみ
小林(明智の助手)大和田獏
恒川警部稲垣昭三
斎藤(執事)稲川善一
谷山二郎加島潤

あらすじ(ネタバレ全解説)

プロローグ——温泉地の奇妙な決闘

名探偵・明智小五郎(天知茂)は、助手の文代(五十嵐めぐみ)と小林(大和田獏)を連れ、温泉地に滞在していた。ここで明智は、美人未亡人の柳倭文子(三ツ矢歌子)と知り合う。

倭文子には2人の求婚者がいた。美青年の三谷(松橋登)と、画家の岡田(菅貫太郎)である。2人は倭文子を賭け、毒入りワインを使った奇妙な決闘を行う。勝利したのは三谷だった。負けた岡田は、隠し持った硫酸で三谷に襲いかかるが、誤って自分の顔に硫酸をかけてしまう。岡田はその場を去り、翌日、顔が焼けただれた死体で発見されて自殺とみなされた。

こうして三谷が恋の勝利者となるかに見えたが、事態はここから急速に混迷してゆく。

連続する怪事件——誘拐、幽霊、そして製氷工場

出典:WEBザテレビジョン

倭文子と三谷が東京へ戻ったのち、倭文子の息子・茂(荻野尋)が誘拐される。三谷が身代金を持って指定場所へ向かい、現れた男を恒川警部(稲垣昭三)らが捕らえるが、金で雇われた浮浪者に過ぎなかった。その隙に、倭文子は犯人から呼び出されて薄暗い屋敷へ連れ込まれる。そこに現れたのは、顔が焼けただれた男だった。

倭文子と茂の誘拐を知った明智が柳邸へ駆けつけた夜、焼けただれた顔の男が柳邸に侵入、逃走する。明智と恒川警部が追うが途中で見失う。折よく通りかかった三谷が近くの怪しい屋敷を調べると、倭文子と茂が監禁されていた。

明智はこの屋敷で犯人の食べ残しを発見し、歯型を採取する。また、岡田の墓を掘り返して遺体を確認しようとするが、棺桶はすでに空だった。

やがて、倭文子が執事の斎藤(稲川善一)を殺害したという連絡が入る。柳邸に明智が駆けつけると、倭文子と茂の姿はない。実は2人は三谷に匿われており、斎藤の棺桶の中に隠れて柳邸を脱出しようとしていたのである。棺桶は火葬場へ運ばれてゆく。

明智は柳邸の天井裏から犯人が刃物を投げ込んで斎藤を殺したことを突き止め、倭文子の容疑が晴れる。三谷と明智たちは急いで火葬場へ向かい、まさに炉に入ろうとしていた棺桶から倭文子と茂を間一髪で救い出した。

真相への道——聞き込みと正体

事件の全体像を掴むため、明智は倭文子の過去を尋ねる。これに憤慨した三谷と明智が口論となり、明智は三谷を殴って歯を傷つけてしまう。明智は治療費として歯医者への紹介状と金を三谷に渡す——これが後に決定的な証拠をもたらす伏線となる。

明智は、倭文子のかつての恋人・谷山二郎(加島潤)の故郷で聞き込みを行う。谷山は倭文子に捨てられたことを苦に自殺したこと、そして谷山には三郎という弟がいたことが判明する。三郎の写真を手に入れた明智は、急ぎ東京へ戻る。

結末——氷の中の偽物、そして自裁

しかし東京では、倭文子と茂がふたたび姿を消していた。2人を誘拐した焼けただれた顔の男は、仮面を外して正体を明かす。

犯人は三谷だった。三谷の本名は谷山三郎——倭文子に捨てられ自殺した谷山二郎の弟である。三郎は兄の復讐のために倭文子に接近し、求婚者の仮面を被りながら事件を操り続けていた。岡田との決闘も、最初から三郎が仕組んだ罠の一部だったのである。三郎の計画は、倭文子と息子・茂を製氷工場で氷漬けにして殺すことだった。

三郎は2人を裸にして製氷機に閉じ込める。そのとき外からパトカーのサイレンが聞こえ、三郎は様子を見に行く。問題ないと判断して戻った三郎は、製氷機を作動させた。

出典:感想とレビュー.com

その後、明智と恒川警部たちが製氷工場に踏み込む。明智は三谷の正体が谷山三郎であり、兄への復讐が犯行動機であることを指摘する。そして歯医者から得た歯型を証拠として突きつけた——これが、わざと三谷の歯を傷つけて歯医者へ送り込んだ明智の罠だった。

三郎は犯行を認めながらも「目的は達した」と勝利を宣言し、倭文子と茂を氷漬けにした氷柱を明智に見せる。しかし氷柱の中の2人は明智が用意した偽物だった。三郎が目を離した隙に、明智はすでに2人を救出していたのである。

出典:ファミリー劇場

敗北を悟った三郎は、兄・二郎が自殺に使ったという刃物を取り出し、自分の首を切り裂いて絶命する。

血だらけの犯行動機の演出と、結末のために用意された血糊の量には、第2作以降がぬるく感じられるほどの強度があったと評される。


原作『吸血鬼』との比較——翻案の大胆さと「氷」の継承

原作小説の概要

原作『吸血鬼』は1930年(昭和5年)から翌年にかけて『報知新聞』に連載された江戸川乱歩の長編探偵小説である。明智作品のひとつとして、吸血鬼のような冷酷な犯人と名探偵・明智小五郎の対決を描く。また、少年探偵団シリーズでおなじみの小林少年が初めて登場した作品でもある。

物語の骨格——美貌の未亡人倭文子をめぐる2人の男の毒杯決闘、不気味な「唇のない男」の出没、子供の誘拐——はドラマとほぼ共通している。しかし犯人の正体とその動機、そして結末は、原作とドラマで根本的に異なる。

原作の真犯人と結末

原作の真犯人は、倭文子の亡夫・畑柳庄蔵である。獄中で病死したとされていた人物が実は生き延びており、妻への復讐のために暗躍していた。「吸血鬼」というタイトルは、死んだと思われた人間が実は生きていたり、その逆であったりと、〈生〉と〈死〉の彼岸を挟んで事件の様相が二転三転する物語の構造を正確に伝えている。真犯人もまた死んだと見せかけて明智の裏をかき、最後の凶行に及ぶ。棺を思わせる箱の中で胸から血を流しながら息絶える姿は、ドラキュラの最期さながらである。

原作における「氷」のモチーフも、ドラマとは形が異なる。原作の真犯人は、倭文子とその息子・茂を生きながら氷詰めにして「母子像」を作ろうとする。倭文子を〈女〉としてではなく〈母〉として永遠に固着しようとする、犯人の歪んだ執着の象徴的な行為である。

また、原作のラストでは明智と文代の結婚が示唆され、新婚の明智が当分は探偵事件に手を染めないであろうことが予告される。猟奇と冒険と恋愛が渾然一体となった、440ページに及ぶ長編である。

ドラマ版の翻案——主な変更点

要素原作ドラマ版
真犯人亡夫・畑柳庄蔵(死を偽装)三谷=谷山三郎(求婚者に偽装)
犯行動機妻への歪んだ執着と復讐兄を死に追いやった美女への復讐
氷のモチーフ母子を氷詰めにした「母子像」倭文子と茂を閉じ込めた「氷柱」
明智と文代の関係本作で婚約・結婚最初から助手、恋愛要素なし
小林少年13歳の少年(初登場)成人男性として登場
冒険活劇要素気球・船・国技館での対決カーアクション中心
変装クライマックスありなし(シリーズ唯一)
結末明智、文代と結婚三郎が自裁、悲劇的幕切れ

最も核心的な改変は、「亡夫」という〈内側からの崩壊〉を、「被害者の弟」という〈偽りの近しさからの裏切り〉へとすり替えた点である。ドラマ版では、求婚者として倭文子に最も近い存在だった三谷こそが真犯人であるという構造が、観る者に鋭い裏切りの衝撃を与える。

また原作では「探偵・文代・小林少年」という明智ファミリーの形成が大きなテーマのひとつであったが、ドラマではその要素をそぎ落とし、「美しさが男を狂わせ滅ぼす」という一点に物語を収束させた。原作のヒロイン倭文子は、同情すべき被害者であるにもかかわらず、ある種の悪女として描かれている。貧しい恋人を捨てて金持ちに嫁ぎ、元恋人を憤死させる。ドラマ版はそのエッセンスを引き継ぎつつ、〈女〉でなく〈復讐の標的〉として倭文子を配置し直した。


考察——「第1作」としての特異性

変装シーンが存在しない唯一の回

第1作「氷柱の美女」には、シリーズのお約束となる「明智が変装を解いて推理を披露するクライマックスシーン」が存在しない。シリーズが進むにつれて確立されてゆくこの定番演出は、まだこの段階では生まれていなかった。しかし代わりに本作が持つのは、「歯型」という地味かつ確実な物証を巧みに伏線として仕込む、謎解きとしての誠実な構造である。明智が三谷を殴って故意に歯を傷つける場面——あの一見理不尽な暴力が、終盤の証拠提示に直結していたと気づいたとき、本作の脚本の精度の高さが浮かび上がる。

三ツ矢歌子というキャスティングの妙

放映当時の三ツ矢歌子は上品な奥さんというイメージで、実際そのような役ばかり演じていたため「似合わない」という先入観があったが、このキャスティングが見事に成功した。清楚な未亡人の中に滲む魔性の美しさ、そして終盤の「氷柱の美女」シーンでの人形のような輝きが、まさにこの作品の核心であった。当時すでに四十代の三ツ矢歌子は、段々と角度によっては案外かわいいと思わせるうちに、最期の「氷柱の美女」のシーンにいたっては、まるで人形のような美しさが眩いばかりであった。

天知茂という絶対的な存在

ニヒルで渋い天知だからこそ着こなせる柄のスーツやジャケット。すべて天知の私物を使ったスタイリングも含め、天知茂の明智小五郎は最初から全開の魅力を発揮していた。「非情のライセンス」で会田刑事を演じた経験を土台に、探偵・明智小五郎として新たな顔を見せた天知茂は、このシリーズと共に1985年の死去まで、計25作品を走り続けることになる。

鏑木創の音楽

「怪人二十面相」も担当した鏑木創がシンセを大幅に取り入れた音楽で意欲を示しており、スタッフの並々ならぬ気概が伝わってくる。なお、シリーズの代名詞となるあのテーマ曲は、この第1作ではまだ未完成の段階にあった。


結論——翻案の方法論としての「氷柱の美女」

原作『吸血鬼』は440ページの長編小説であり、気球での逃走、国技館での対決、明智の結婚、小林少年のデビューなど、現代の読者が驚くほどの要素を詰め込んだ大活劇である。それをわずか72分に凝縮するため、脚本の宮川一郎と監督の井上梅次は、原作の「氷」というモチーフと「美しさが男を狂わせ滅ぼす」という主題だけを引き継ぎ、真犯人の正体も動機も大胆に書き換えた。

ドラマ版の翻案で最も鮮やかなのは、「求婚者」という最も信頼される立場に真犯人を潜ませた構造である。原作の「死んだと思っていた亡夫が蘇る」という吸血鬼的恐怖を、「最も近くにいた男が実は敵だった」という裏切りの恐怖に変換したことで、90分のテレビドラマとして切れ味の鋭い人間ドラマが成立している。

製氷室における「花氷」は、原作でも強く印象に残る場面として挙げられている。そのイメージが「氷柱の美女」というタイトルとビジュアルへと結実した。原作と翻案という関係を超え、乱歩が持つある種の強迫観念——美を永遠に保存したいという欲求——が、形を変えて昭和52年の茶の間に届いた。それが「氷柱の美女」という作品の本当の達成である。

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