決勝トーナメントには、見ている側の感情が追いつかない試合がある。
もう決まったと思ったところから、まだ終わっていないと誰かが叫ぶ。勝利に近づいていたチームが、ほんの数分で足元を揺らされる。敗退寸前だったチームが、最後の力で扉をこじ開ける。
ベルギー対セネガルは、まさにそういう試合だった。
結果は、ベルギー 3-2 セネガル。
延長戦の末、ベルギーが勝ち抜き、ベスト16へ進んだ。
だが、このスコアだけでは、この試合の重さは伝わらない。
セネガルは、勝利のすぐ近くまで行っていた。
2-0でリードしていた。
試合は終盤に入っていた。
ベルギーの敗退は、ほとんど現実になりかけていた。
先に試合を動かしたのはセネガルだった。
ハビブ・ディアラがゴールを決め、セネガルが先制する。ベルギーのような強豪を相手に、決勝トーナメントで先に点を取る。この一撃は、チーム全体に大きな勇気を与えたはずである。
セネガルはグループIを3位で通過してきた。フランス、ノルウェー、イラクと同じ組で、簡単な道ではなかった。3位通過という立場は、どうしても控えめに見られがちである。だが、決勝トーナメントに残った以上、そこに偶然だけでは来られない。
この日のセネガルは、まさにそのことを証明していた。
出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN
さらにイスマイラ・サールが追加点を決める。
これでセネガルは2-0。
ベルギーにとっては、かなり苦しい展開になった。
グループGを首位で突破したチームが、決勝トーナメント初戦で2点を追う。ピッチ上の選手たちだけでなく、見ている人たちの頭にも「このままベルギーが消えるのか」という思いがよぎったはずである。
セネガルは、堂々としていた。
ただ逃げ切ろうとして縮こまったわけではない。守る時間が増えても、チームとしての強度を保ち、ベルギーに簡単な時間を与えなかった。アフリカ勢としての誇りだけでなく、自分たちのサッカーで勝ち切るのだという気配があった。
それだけに、終盤の展開はあまりにも残酷だった。
86分、ロメル・ルカクが決めた。
ベルギーが1点を返す。
この時点では、まだセネガルがリードしていた。だが、試合の空気は変わった。2-0から2-1になると、追う側は一気に息を吹き返す。守る側は、急に時計の進み方が遅く感じられる。あと数分耐えればいい。その「あと数分」が、決勝トーナメントではとてつもなく長い。
そして89分。
ユーリ・ティーレマンスが同点ゴールを決めた。
2-2。
出典:FIFA公式
セネガルがつかみかけていた勝利は、土壇場でこぼれ落ちた。ベルギーは、敗退寸前から戻ってきた。ほんの数分前まで終わりかけていたチームが、延長戦へと試合を持ち込んだのである。
こういう同点劇には、言葉にしにくい怖さがある。
追いついた側は、もう一度生き返る。
追いつかれた側は、まだ同点なのに、何かを失ったような気持ちになる。
セネガルにとっては、そのまま試合を終わらせるはずだった時間が、延長30分に変わった。ベルギーにとっては、もう一度与えられた時間だった。
延長戦は、互いに消耗した中で始まった。
ここまで来ると、技術だけではなく、心と体の残り方が試される。90分で勝ち切れなかったセネガル。90分で死にかけながら戻ってきたベルギー。どちらにも、別の種類の重さがあった。
試合はPK戦へ向かうようにも見えた。
だが、最後の最後にVARが絡む。
延長終了間際、ラミーヌ・カマラのファウルが確認され、ベルギーにPKが与えられた。
決勝トーナメントの延長終盤に、VARを経てPKが与えられる。
これほど心臓に悪い場面もない。蹴る側も、守る側も、見ている側も、すべての時間が止まったようになる。判定ひとつ、キックひとつで、国の大会が続くか終わるかが決まる。
そのPKを、ティーレマンスが決めた。
ベルギー 3-2 セネガル。
ついに試合はひっくり返った。
ベルギーは、終わりかけた夜を取り戻した。
2点を追い、86分、89分に追いつき、延長の最後に勝ち越す。これを劇的と言わずに何と言うのか。選手たちは歓喜しただろう。ベンチも、スタンドも、信じられないものを見たような表情だったかもしれない。
だが、この勝利は、手放しの強さだけで語るものではない。
ベルギーは苦しんだ。
セネガルに2点を先行され、敗退寸前まで追い込まれた。ケビン・デ・ブライネやジェレミー・ドクが早い時間に退いたことも報じられており、試合は決して予定通りには進んでいなかった。強豪国であっても、決勝トーナメントでは一度流れを失えば、簡単に崖際へ追い込まれる。
それでも、ベルギーにはルカクがいた。
ティーレマンスがいた。
最後に個の力で、経験で、粘りで、試合をつなぎ直した。
勝ち方としては、危うい。だが、決勝トーナメントでは、危うくても勝てば次がある。
ベルギーの次の相手は、アメリカ対ボスニア・ヘルツェゴビナの勝者である。
この勝利をどう見るかは難しい。勢いがついたとも言える。課題が浮き彫りになったとも言える。だが、少なくともベルギーは生き残った。敗退の縁から戻ってきたチームには、次の試合へ向かう独特の熱がある。
一方で、セネガルはここで大会を去る。
この敗退は、あまりにも痛い。
2-0でリードしていた。
終盤まで勝っていた。
あと少しでベスト16へ進むところだった。
それでも、最後に追いつかれ、延長終了間際のPKで敗れた。選手たちがうつむく姿を想像すると、簡単に「惜しかった」とだけ言う気にはなれない。これは、長く残る負け方である。
だが、セネガルの戦いは消えない。
ベルギーを追い込み、2点を奪い、ほとんど勝利に手をかけた。そこまでの時間は本物だった。敗れたからといって、ディアラのゴールも、サールのゴールも、チームが見せた勇気もなかったことにはならない。
決勝トーナメントは、勝者だけを先へ進ませる。
だが、敗者の価値まで奪うわけではない。
セネガルは去る。
ベルギーは進む。
同じピッチの上で、歓喜と絶望がすれ違う。
これがワールドカップの決勝トーナメントである。
ベルギーは、終わりかけた夜をひっくり返した。
セネガルは、あと少しの夢を手放した。
3-2という数字の中に、勝者の粘りと、敗者の痛みが刻まれている。
この試合の余韻は、最後のPKの歓声よりも、その前にあったセネガルの長いリードと、ベルギーの土壇場の執念の間に、静かに残っている。



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