考察– tag –
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鑑賞ノート
愛の不在を糧にする怪異、という寓話性 ―映画『来る』論
中島哲也監督の『来る』を見終えたときに印象に残るのは、恐怖というより一種の"居心地の悪さ"である。血飛沫や絶叫といった直接的な怖さよりも、この映画がじわじわと突きつけてくるのは、もっと個人的で、もっと日常的な恐怖――すなわち「自分は誰かを本... -
鑑賞ノート
ヴェルヌが書かなかった殺人事件——『地底探検』(1959)はなぜ「敵」を必要としたのか
ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』を初めて読んだとき、私は驚いた。映画『地底探検』(1959)の印象が強烈だったからだ。 映画では、物語の序盤で学者が何者かに殺害され、主人公たちも命を狙われる。緊迫したサスペンスが全編を貫く。ところが原作には、そ... -
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知性の使い道と、1972年のキャシー——『悪の温室』が描く二つの倫理
ジャービス・グッドランドとコロンボ警部補は、どちらも周囲より明らかに賢い。それは疑いようがない。しかし二人が「自分より劣った相手」に対してとる態度は、まるで正反対だ。この非対称が、このエピソードの静かな主題をなしている。 ジャービスにとっ... -
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「給食絶対主義者」甘利田幸男に学ぶ、矜持と滑稽さの間にある誠実さ
タイトルだけでは分からなかったこと 「おいしい給食」という作品名を最初に目にしたとき、正直なところ、よくあるグルメドラマの一つだろうと思っていた。給食をテーマにした学園コメディ、教師と生徒の微笑ましいやり取り——そんな想像の範囲を出ないだろ... -
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居場所を探す巡礼——映画『獣道』が描いた、どこにも辿り着けない少女の物語
内田英治監督が2017年に手がけた本作は、実話をベースにしたブラックコメディである。地方都市で生まれた愛衣は、母親が新興宗教にのめり込んでいたこともあり、新興宗教施設、不良グループ一家、平凡な中流家庭などを転々とするも、自分の居場所を見つけ... -
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なぜカンヌは「切腹」を悲劇美と呼んだのか
1962年。小林正樹監督の「切腹」が世に出たとき、この映画はある奇妙な分裂を起こした。日本国内では、竹光で腹を切らせるという場面の凄惨さに、賛否が分かれた。 だが海を渡った先——カンヌの映画祭の客席では、同じ場面が、まったく違う表情で受け止... -
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嘘が嘘を呼ぶとき――『恐ろしき四月馬鹿』の二重構造
悪戯のはずが、本当の事件になった M中学校の寄宿舎で、4月1日の朝に「殺人事件」が発覚する。小崎という学生の部屋は血まみれで、格闘の跡があり、遺体がない。隣室の学生は誰も物音を聞いていない。容疑者は同室の栗岡、証拠は揃っている。しかし栗岡は... -
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独裁者を笑え――『担へ銃』から『独裁者』へ、チャップリンが22年かけて完成させた「権力への嘲笑」
はじめに 1918年10月、第一次世界大戦の休戦協定締結まで残りわずか数週間という時期に、チャールズ・チャップリンの短編映画『担へ銃』が公開された。その22年後の1940年、チャップリンは長編トーキー映画『独裁者』を世に送り出す。 二作品の間には二つ... -
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『SAND LAND』に学ぶ善悪の本質――鳥山明が遺した「極悪の善人」と「最凶の天使」から読み解く、レッテル社会を生きる私たちへの道標
私たちは日常の中で、どれほど「見た目」や「肩書」に騙されているのだろうか。 「悪魔」と聞けば誰もが邪悪な存在を思い浮かべ、「天使」と聞けば誰もが清らかな正義の味方を想像する。しかし、鳥山明氏が遺した名作『SAND LAND 天使の勇者篇』は、そんな... -
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省略の美学――甲賀三郎のデビュー作と、本格探偵小説が成立する条件
はじめに 1923年(大正12年)、二人の新人作家がほぼ同時に「探偵小説」というジャンルへ乗り込んできた。4月、江戸川乱歩が「新青年」に「二銭銅貨」を発表し、その4ヶ月後、甲賀三郎が「新趣味」の懸賞小説に「真珠塔の秘密」を投じ、一等入選を果たした...