ジャニスの「No」と、無意味だった殺人――『黒のエチュード』が問うもの

アレックス・ベネディクトは頭のいい男だった。オーケストラの指揮者として名声を持ち、権力者の娘と結婚し、ロサンゼルスの文化的エリートとして君臨していた。そして彼は、追い詰められたとき、完璧な殺人計画を立てた。

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だが最後に彼を破滅させたのは、科学捜査でも、有力な証人でもなかった。妻の、短い一言だった。


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あらすじ

交響楽団のピアニスト、ジェニファー・ウェルズはベネディクトの愛人だった。彼女はある日、最後通牒を突きつける。妻ジャニスと離婚しなければ、不倫を公にすると。

ベネディクトにとってこれは単純な家庭問題ではない。楽団の理事長は義母のリジー・フィールディングだ。離婚すれば、地位も収入も名声もすべて失う。

彼は動いた。修理に出した愛車ジャガーをアリバイに使い、工場から車を盗み出し、ジェニファーの自宅へ向かった。彼女がピアノを弾いているあいだに後頭部を殴り、自殺に見せかけてガス栓を開け、タイプした遺書をタイプライターに挿し込んだ。完璧な計画だった、と彼は思っただろう。

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コロンボ警部は最初から疑っていた。若く、才能があり、愛するインコ「ショパン」を飼っていた女性が、なぜそのインコを道連れにして死ぬのか。遺書は後から差し込まれた痕跡がある。修理に出したはずの車の走行距離が、ハリウッドボウルとジェニファー宅の往復とぴったり一致する距離だけ増えていた。

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そして、カーネーションだ。

ベネディクトはコンサートの夜、タキシードの襟に白いカーネーションを挿していた。犯行現場でそれを落とした。彼は翌日、不自然な理由をつけて現場に戻り、床に落ちていた花を「今落とした」ように見せかけて拾い上げ、襟に付けた。コロンボはその一部始終を見ていた。

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決着は映写室でつけられた。コロンボはベネディクトに、二つの映像を突きつける。一つはコンサートの録画。そこにはカーネーションのないベネディクトが映っている。もう一つは報道の映像。犯行現場を去るベネディクトの襟には、きれいに花が挿してある。

ベネディクトは最後の手を打つ。コンサートの直後、控室で花を付けた。妻のジャニスが見ていた、と主張した。

コロンボはジャニスに確認した。

彼女は「No」と答えた。

それで終わった。


「殺す必要はなかった」という残酷な事実

ジャニスはベネディクトの不倫に、とうに気づいていた。作中で彼女は精神安定剤を飲み、夫の視線の行方を目で追い、何も言わずに耐えていた。夫が愛人を持つことを、彼女は知っていたのだ。

逮捕の瞬間、ジャニスはベネディクトにこう告げる。「アレックス、私、何でも我慢できたわ。世界中のどんなことでも……でも、殺人だけは別よ」

この一言が、物語のすべてをひっくり返す。

ベネディクトが守ろうとしたのは、「妻に不倫を知られないこと」だった。しかし妻はすでに知っていた。そして許す準備さえあった。彼は存在しない危機から逃げるために、人を殺した。殺人は完全に無意味だった。

悲劇の構造としてこれ以上残酷なものはない。彼の誤算は計画の細部ではなく、もっと根本的な場所にある。彼は妻の愛を、正しく理解していなかった。


コロンボが本当に戦っていた場所

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『刑事コロンボ』はよく「証拠が法廷では通用しない」と批判される。この話のカーネーションも、物的証拠としては弱い。映像に映っていないことの説明はいくらでもつけられる。

だがコロンボの目的は、陪審員を説得することではなかった。

彼が丁寧に、繰り返し接触したのはジャニスだった。取調べと呼べるほど強引な場面はない。ただ、穏やかに話しかけ、疑問を共有し、彼女の言葉に耳を傾けた。コロンボは捜査を通じて、ジャニスが自分自身の判断を取り戻せる状態に、静かに整えていった。

映写室での対決は、証拠の提示である以上に、ジャニスへの問いかけだった。あなたはどちらを選ぶか、と。

彼女は自分の誠実さを選んだ。夫の嘘に加担することを拒んだ。その一言が「No」だった。

コロンボの真の戦場は法廷ではなく、一人の人間の内側にあった。


ベネディクトの最後のセリフについて

逮捕の瞬間、ベネディクトはジャニスに静かに囁く。「僕は有罪だ……記録のために言っておくが、君を愛している」

これが本心からの言葉なのか、最後の操作なのか、今も議論が続いている。愛していると言いながら、なぜ彼女の愛を信じなかったのか。その矛盾をベネディクトは最後まで解決しないまま去っていく。

意図的な曖昧さだろう。ジョン・カサヴェテスは生涯、人間の感情に安易な答えを与えることを拒んだ監督だった。彼がこのセリフをどう演じたかは、そのまま彼の映画哲学の反映でもある。


おわりに

ベネディクトはすべてを失った。地位も、自由も、そして妻も。

皮肉なのは、妻だけは失わずに済んだかもしれない、という点だ。彼が信じていれば。黙って告白していれば。あるいは何もしなければ。

ジャニスの「No」は、夫への裏切りではなかった。それは、彼が一度も信じようとしなかった彼女の誠実さの、遅すぎた証明だった。

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