二十面相は人を殺さない。
刃物もピストルも使わず、血を流すことを嫌い、どれほど追い詰められても命を奪わない。これは江戸川乱歩が道徳的な理由から設定した規範ではない。国家が彼にそう書かせたのだ。
その制約の中から、日本のエンターテインメント史上もっとも魅力的な悪役の一人が生まれた。
あらすじ
1936年(昭和11年)、月刊誌『少年倶楽部』に連載。
東京の実業家・羽柴家に届いた一通の予告状から物語は始まる。差出人は怪人二十面相――二十の顔を持つ神出鬼没の怪盗だ。
標的は羽柴家が所蔵するロマノフ王家のダイヤモンド。怪人は南洋から帰朝した長男に変装して邸内に潜入し、宝石を奪う。名探偵・明智小五郎は折悪しく海外出張中で不在。代わりに活躍するのは、明智の助手である小林少年と、羽柴家の次男・壮二だ。
続く第二幕では、伊豆の「美術城」に収蔵された国宝級の名画と美術品が狙われる。二十面相は今度、明智小五郎本人に変装して潜入するという大胆な手を使う。探偵の権威そのものを偽装に使う、メタ的なトリックだ。
最終幕の舞台は上野の帝国博物館(現・国立博物館)。館長に成りすました怪人は、すべての収蔵品を根こそぎ奪おうとする。帰国した本物の明智小五郎と、小林少年が急ごしらえで結成した「少年探偵団」が包囲網を敷く。二十面相が博物館から逃げ出そうとしたとき、建物の外で無邪気に遊んでいた少年たちが実は少年探偵団だった。怪人は子どもだと侮って油断するが、少年たちは合図ひとつで包囲網をつくり、もみ合いの末に二十面相を取り押さえる――という形で物語は幕を閉じる。
怪人は逮捕されるが、後の作品でまた姿を現す。それが少年探偵団シリーズの始まりだった。
検閲という制約
1936年、日本の出版界は国家による統制を強めつつあった。内務省の指針により、児童向け読み物には「野卑・陰惨・猟奇的な内容」や「犯罪描写」を避けることが強く求められていた。
その圧力は作品名にも及んだ。乱歩が当初つけようとしたタイトルは『真宝盗二十面相』だった。しかし「盗」という漢字をタイトルに使うことが雑誌の倫理規定に引っかかり、『怪人二十面相』へと改題を余儀なくされた。
暴力描写はさらに厳しく制限された。血が出る場面、ナイフやピストルによる傷害、殺人――これらは少年向けの読み物において事実上禁じられていた。
乱歩はこの制約を受け入れた。ではなく、利用した。
「不殺」が生んだ美学
二十面相は「血を見るのが大嫌い」だという設定を乱歩は与えた。殺傷用の武器は一切使わず、どんな場面でも命を奪わない。この縛りは、当初は外から課せられたものだった。
だが物語の中でそれは、怪人の「美学」として機能し始める。
二十面相の目的は金ではない。「世界の美術品を集めて、二十面相大美術館をつくること」だと彼自身が語る。現金は維持費として盗むだけで、本当に欲しいのは美しいもの、珍しいもの、高価なものだ。彼は怪盗ではなく、倒錯した美の蒐集家である。
殺さず、金を目的とせず、必ず予告状を送って正面から挑む。この行動規範が、二十面相を「憎むべき犯罪者」から「洗練されたアンチヒーロー」へと変えた。読者は怖いと思いながら、どこかで彼を応援していた。少年たちが怪人に感じた仄暗い憧憬は、この「美学的悪役」というキャラクター造形なしには生まれなかった。
制約が生んだ逆説
殺人が書けなければ、探偵は推理で犯人を追い詰める必要がない。死体もなく、論理で解くべき謎もない。では何が物語の核になるのか。
変装と知恵比べだ。
二十面相は誰にでも化ける。帰還する息子に、名探偵本人に、博物館の館長に。それを見破り、罠を仕掛け、逆に潜入する。物語の緊張は「誰が本物か」という問いから生まれる。それは血の興奮ではなく、仮面を剥がすスリルだ。
暴力を禁じられた結果、乱歩は暴力に依存しないサスペンスの文法を発明した。「血を流さない知恵比べ」という少年ミステリーの基本フォーマットは、検閲という外圧が偶発的に生み出したものだった。
後世の「予告状を出す美学的な怪盗」というキャラクター類型は、すべてここに源流を持つ。アルセーヌ・ルパンの影響を受けながらも、二十面相はより厳しい制約の中で生まれた、より純化された存在だった。
おわりに
制約は表現を殺すこともあるが、鍛えることもある。
乱歩は「殺すな」「血を見せるな」という命令の中で、殺さないことに美学を持つ怪盗を書いた。その結果、九十年近く経ったいまも読み継がれるキャラクターが生まれた。
二十面相の「不殺の誓い」は、国家が押しつけた枠ではない。乱歩が枠の中に見つけた、もっとも自由な発明だった。

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