芥川龍之介の短編小説『桃太郎』を読んで、最初に感じたのは「これは感想を書きにくい」という戸惑いだった。
通常、小説の感想というのは「感動した」「共感した」「登場人物が好きだった」といった言葉で始まる。しかし芥川の『桃太郎』を読んで出てくる感想は「怖い」でも「悲しい」でもなく、「なるほど、そういうことか」という、ある種の知的な納得だ。純粋な文学的感動としては不適切かもしれないが、正直に言えばそれが、私が芥川の小説を好んで読むようになったきっかけでもある。
あらすじ
芥川版『桃太郎』(1924年)は、誰もが知る昔話の骨格を借りながら、中身をまるごと入れ替えた短編である。
一万年に一度だけ実を結ぶという神話的な桃の木から生まれた桃太郎は、英雄的な使命感とは無縁の人物だ。彼が鬼ヶ島征伐を思い立ったのは「山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだった」からに過ぎない。きび団子を「半分」しか渡さないケチな報酬で犬・猿・雉を従え、鬼ヶ島へ乗り込む。
鬼ヶ島は、伝統的な物語のような恐ろしい岩山ではない。椰子がそびえ、極楽鳥が囀る「美しい天然の楽土」だ。そこで暮らす鬼たちは琴を弾き、踊り、詩を口ずさむ文化的な民であり、子供たちに「人間は嘘をつき、欲が深く、仲間同士で殺し合う手のつけようのない毛だもの」と教えて人間を遠ざけて生きていた。
桃太郎は号令をかける。「鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」。理由を問う鬼の酋長に桃太郎は答える。「日本一の桃太郎であるおれが征伐したいと思ったからだ」。
財宝を奪い、鬼の子を人質にして帰還した桃太郎は、しかし幸福には暮らせなかった。成長した鬼の子は番人の雉や猿を殺して逃げ帰り、生き残った鬼たちは椰子の実に爆弾を仕込んで復讐を誓う。物語は「めでたし」では終わらない。そして語り手はこう結ぶ――深山の桃の木には、今も「未来の天才」が眠っている、と。
章炳麟の一言と、芥川が書けなかったこと
芥川がこの小説を発表したのは1924年(大正13年)だが、執筆のきっかけは3年前にある。1921年、大阪毎日新聞社の海外視察員として中国を訪れた芥川は、上海で清朝末期の革命家・思想家である章炳麟(字は太炎)と会談した。
その席で章炳麟はこう言った。「予の最も嫌悪する日本人は、鬼が島を征伐した桃太郎である」。
この言葉は芥川の耳に鳴り響き続けた、と彼自身が記している。それはなぜか。桃太郎という物語が、当時の日本人にとって何の疑問もなく「正しい話」として受け入れられていたからだ。英雄が悪者を退治し、宝を得て帰ってくる。これのどこが問題なのか。
問題は、見る方向によって「英雄」が「侵略者」になることだ。
1921年当時の日本は、中国に対して高圧的な外交を続けていた。1915年の対華二十一カ条要求はその象徴だ。中国の知識人の目には、日本が桃太郎そのものに見えていた。正義を語り、力で押し込み、財宝を奪っていく国として。
芥川はその視点を、帰国後3年間、直接的には書けなかった。1923年には関東大震災が起き、震災の混乱の中で朝鮮人虐殺事件が起きた。デマが命を奪い、国家権力が暴力を黙認した時代だ。芥川はその光景を目にしながら、正面切って批判する言葉を持たなかった。いや、正確には、持てなかった。
だから彼は、桃太郎の物語を使った。
「働きたくないから」という動機の破壊力
芥川が桃太郎の動機を「怠惰」に設定したことは、単なるユーモアではない。これは英雄譚の核心を一撃で打ち砕く改変だ。
伝統的な物語において、英雄の動機は「正義」だ。村人を守るため、悪を懲らしめるため。その大義があるから、暴力は「正義の行使」として正当化される。しかし芥川の桃太郎には大義がない。仕事が嫌で、鬼ヶ島の宝が欲しかった。それだけだ。
ここで読者は気づかされる。そもそも、伝統的な桃太郎の「大義」は本当に大義だったのか?
鬼たちは村を荒らしていたのか? 物語はそう言うが、芥川版の鬼ヶ島は何の悪事も働いていない。ただそこに豊かな島があり、桃太郎はそれを征服したかっただけだ。「正義のための征伐」は、視点を変えれば「欲望のための侵略」に過ぎない。
章炳麟が桃太郎を嫌ったのは、まさにこの構造に気づいていたからだ。日本が「アジアの秩序のため」「文明開化のため」と語る大義も、鬼ヶ島側から見れば理不尽な侵略の言い訳に過ぎない。芥川は桃太郎の動機を「怠惰」と書くことで、すべての征伐の「大義」の空洞を可視化した。
そして酋長に征伐の理由を問われた桃太郎の答えは、この作品で最も不気味な一文だ。「征伐したいと思ったから、征伐しに来た」。これ以上正直な侵略の論理はない。
感想として不適切なこと
この小説を読んで、私は芥川龍之介の作品を好んで読むようになった。
それは「感動したから」ではない。芥川の小説には、読む者を「感動」させようとする親切心がほとんどない。彼の文章はいつも、どこか冷たく、知的で、読者の感情に寄りかかることを潔しとしない。それが正直に言えば、心地よかった。
感動させようとする小説は、時に読者を甘やかす。「あなたはこう感じるべきです」と誘導する。芥川の小説はそれをしない。ただ見せる。見て、考えろ、と言う。
『桃太郎』の場合はそれが特に明確だ。鬼たちへの同情を「感じさせる」のではなく、読者が自然にそう思わざるを得ない状況を組み立てる。感情移入の方向を操作するのではなく、構造を変えることで価値観を問い直す。
その手法は、読後に奇妙な不快感を残す。「楽しかった」「泣けた」という感想にはならない。「これはどういうことだったのか」という問いが残る。それが「感想として不適切」かもしれないが、問いを残す小説の方が、答えを与える小説より長く記憶に残ることを、芥川は知っていたのではないかと思う。
おわりに
芥川は『桃太郎』の最後に、深山の桃の木には「未来の天才」がまだ眠っている、と書く。これは希望ではなく警告だ。桃太郎のような「天才」が、いつまた現れるかわからない、という不吉な余韻だ。
章炳麟が「桃太郎が嫌いだ」と言ってから100年以上が経った。しかし「大義のある征伐」という語法は、今も世界のどこかで使われている。芥川が桃太郎の動機を「怠惰」と書いたことの意味は、時代が変わるたびに更新されながら、まだ有効であり続けている。
それが、私がこの小説を好きな理由だ。感動はないが、問いがある。問いは、いつでも読む者のそばに残る。

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