初めての山本周五郎『晩秋』――娘は仇の老人を、手元の距離でしか見ない

山本周五郎を読んだことがなかった。時代小説は言葉も決まりごとも難しそうで、なんとなく避けてきた。

今回、短編『晩秋』をオーディブルで聞いてみた。意外なほど、すっと耳に入ってきた。

聞き終えてみると、その理由ははっきりしていた。この小説は、藩の政治という大きな話を、ひとりの娘の手元の距離だけで語っている。

以下、結末に触れる。


目次

娘の目に入るのは、麦飯とほころびた着物

都留は、父を切腹に追いやった老武士・進藤主計の世話係になる。母から託された懐剣を胸に、仇を討つつもりでいる。

ところが目の前の主計は、噂に聞く冷酷な権力者ではなかった。粗末な着物を着て、麦飯を好み、朝から夜中まで書きものを続ける痩せた老人だった。ほころびた着物も、自分で不器用に縫い直している。

小説はここで、主計がどんな政治をしたのかを長々と説明しない。都留が見ている食事や着物や背中を並べるだけだ。聞いているこちらも、都留と同じ位置から主計を見ることになる。

時代小説の難しさを感じなかったのは、たぶんこの距離のせいだ。


主計が書いていたもの

後半、都留は障子越しに、主計が毎日書いていた書類の正体を知る。自分の罪を明らかにし、自分を裁くための調書だった。

藩の基礎を固めるには、誰かが憎まれる政治をしなければならなかった。主計はその役を引き受けた。そして時代が変わる今、その責任をひとりで背負って罰せられようとしている。部下の鈴木主馬が泣いて止めても、聞かない。

ここだけ取り出せば、立派な自己犠牲の話だ。ただ、聞き終えて残ったのは、この真相の方ではなかった。


「案外冷たいのだな」

都留は復讐をやめる。翌朝、足袋の繕いを手伝おうとした都留の手を、主計がふと握る。女の手はもっと温かいものだと思っていたが、案外冷たいのだな、とつぶやく。生涯独り身で通してきた老人の言葉だ。

そのあと都留は主計の肩を揉む。主計は、都留が誰の娘か知っていたと明かす。討たれてもいいつもりで呼んでいたのだ。そして懐剣を持っていないことに気づき、彼女が自分を許したことを悟る。

「これで心の荷を一つおろした、いちばん重い荷の一つだった、おかげで少し肩が楽になったよ」

許しという大きな出来事が、冷たい手と、肩を揉む動作だけで片づけられている。調書の真相よりも、こちらの方がずっと耳に残った。


美談として読むと、こぼれるもの

『晩秋』は、誰にも理解されなくても未来のために泥をかぶった人の話として読める。それは間違いではない。ただ、それだけだと主計は「偉い人」で終わってしまう。

最後に主計は枯れた庭を眺めて、晩秋という季節の静かな美しさは格別だと言う。都留はその景色に、花も実りもなかった主計の人生を重ねる。

この台詞も、人生の教訓として受け取るより、肩が少し楽になった老人が庭を見て口にした一言として聞いた方がしっくりくる。

乱歩を読むときとは、受け取り方が違った

主計は最後まで正しい人だ。悪役を演じた理由にも、罰を受ける覚悟にも、きれいに筋が通っている。

ふだんよく読む江戸川乱歩なら、こうはいかない。乱歩の小説は、もしかしたらこういうことも起こるのではないか、こういう人間も本当にいるのではないか、と考えさせられる。読み終わってからも、話が現実の側にはみ出してくる。

『晩秋』は、そういう読み方をする小説ではないと思った。主計がどこまで本当らしいかを疑うより、書かれたとおりに受け取ればいい。だから、そのまま素直に聞き終えた。

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