怪奇映画だと思っていた
「透明人間」「ガス人間」「電送人間」——昭和のSF怪奇映画には、こういう「○○人間」系タイトルがある。だから「虹男」というタイトルを見たとき、自然とそのラインを連想した。虹色に発光する何かが人を襲う、あるいは虹の光を浴びて異形になった男出てくる、そういう話だろうと。
出典:www.amazon.co.jp
期待半分、怖いもの見たさ半分で見始めた。
あらすじ
新東洋新聞の記者・明石良輔(小林桂樹)と、ライバル紙・昭和日報の記者・鳥飼美々(暁テル子)は恋人同士だ。ある日、美々は親友の由利枝(若杉須美子)が警察に連行されるところを目撃する。
由利枝は、物理学者・摩耶龍造の屋敷に後妻の姪として身を寄せていた。蓼科の別荘跡から龍造の弟子・菅八郎の焼死体が発見され、アリバイのない由利枝が容疑者として取調べを受けていたのだ。
親友の無実を晴らそうと摩耶家に関わり始めた美々と明石。ところが今度は屋敷に住む女中かねが、「虹だ、虹男だ!」と叫んで変死する。摩耶家には龍造夫妻のほか、病的な色彩感覚を持ち奇怪な絵を描く長男・勝人、外地から戻ったばかりの次男・豊彦が住んでいた。家中の誰もが「虹」に対して得体の知れない恐怖を抱いていた。
岡田警部(大日方傳)の捜査が進むにつれ、摩耶家の暗部が浮かびあがってくる。龍造がかつて学友の研究を盗んで学位を得たこと、由利枝が菅八郎の子を妊娠していること。そして「虹の幻覚」の正体が、幻覚物質メスカリンをウィスキーに混入したものだったことが判明する。
虹を見て人が死ぬのは、怪奇現象などではない。巧妙に仕掛けられた恐怖だった。
やがて警部は次男・豊彦の証言の矛盾を突く。本物の豊彦はすでに殺されており、「虹男」を名乗っていた男こそ菅八郎その人、つまり最初の「被害者」に偽装した真犯人だったのだ。
八郎は由利枝を強姦して妊娠させ、彼女と愛し合っていた豊彦を嫉妬のために殺害。さらに摩耶家の人々の秘密を握って脅迫し続けていた——彼こそが「虹男」の正体だった。
肩透かしだったけど、意外な収穫
というわけで「虹男」は虹色に輝く怪人が登場する怪奇映画ではなく、正統派のミステリーだった。タイトルはあくまで劇中の「怪異」を指す言葉であって、異形の存在そのものを指しているわけではない。
ただ、観てみると意外な発見があった。
この映画、日本映画史のなかでかなり早い時期のパートカラー作品なのだ。メスカリンによる幻覚シーンの表現として、白黒映像の中に部分的にカラーフィルムが挿入されている。カラー映画がまだほとんど存在しなかった1949年の日本で、画面に色が差し込まれるだけで相当なインパクトだったはずだ。
さらに特撮パートには円谷英二がクレジットなしで参加している。ゴジラ誕生(1954年)の5年前、東宝争議で退社した直後の円谷が、ここにひっそりと関わっていた。
音楽は伊福部昭。ゴジラのテーマで知られる伊福部のスコアが、この小品にも使われている。地味にスタッフが豪華だ。
現存するフィルムにはカラー部分のネガが残っておらず、今観られるカラー映像は後から補われた静止画の復元版だという。白黒の古いフィルムに鮮やかすぎる静止画が挿入される違和感は、それはそれで妙な味わいがある。
上映時間81分、大映スリラーシリーズの一作。タイトルで損をしている映画だと思う。「透明人間」を期待して観ると肩透かしを食らうが、正直に「昭和24年の本格ミステリー」として観れば、そこそこ楽しめる。
短評
短かったから最後まで観られた、というのも正直な感想ではある。
ただ、パートカラーという試みと、円谷英二・伊福部昭という二人の名前が画面の外にこっそり潜んでいる——そういう「発見」の楽しさは確かにあった。レトロ映画の面白さって、本編だけじゃなくこういう周辺情報も含めてだと思う。


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