『なぞの転校生』 怖さとわくわくの間に、平和な場所はなかった

1975年にNHKの少年ドラマシリーズで放送された『なぞの転校生』を見た。1話約25分、全9話。

少し怖くて、わくわくする。けれど見終わって残ったのは、どこへ行っても完全に平和な場所はないのだという冷たさだった。

以下、物語の結末に触れる。


目次

どんな話か

中学生の岩田広一のクラスに、山沢典夫という少年が転校してくる。勉強もスポーツもよくできるが、どこか普通ではない。

やがて典夫と同じような雰囲気をまとった仲間たちが現れる。広一は、彼らがどこから来たのか、何から逃げてきたのかを知っていく。

話としてはそれだけだ。ただ、その「どこから」と「何から」が、思っていたよりずっと重かった。


誰の顔も知らないまま始まった

主人公の少年、転校生の少年、ヒロインの少女。はっきり言って、三人とも誰だかわからなかった。

主人公の少年は、1972年の『超人バロム・1』で主演していたらしい。自分が生まれた頃の番組で、名前は知っているが見たことはない。

父親役の二人だけは、どこかのドラマでちょいちょい見た顔だった。手がかりはその程度だ。

だから期待はしていなかった。いつものように朝ごはんを食べながら、軽く流しておくつもりだった。

ところが、話が進むほど箸が止まる時間が長くなった。


笑いのないドラマだから、わくわくした

最初に引っかかったのは、転校生の少年の喋り方だった。

全く感情のない、まるでロボットのようなしゃべり方をする。

それから、彼の仲間たち。無表情な顔で、感情のない歩き方をする。人間の形をしているのに、どこか人間らしくない。

このドラマには、おちゃらけがない。笑いでひと息つかせる場面もない。最初から最後まで真剣だ。

だから怖い。そして怖いまま、この先どうなるのかとわくわくした。

25分という短さも効いていた。怖さが薄まる前に一話が終わり、続きが気になったまま次の朝を迎える。

逃げた先にも、平和はなかった

典夫の仲間たちは、地球が核戦争の脅威と放射能に侵されていることを知り、別の惑星へ移っていた。

その惑星は平和だった。ただ、よそから来る人間を受け入れなかった。受け入れないどころか、人間狩りをしていた。

彼らはそこからも逃げ出し、また地球へ戻ってくる。

平和な場所は、よそ者を締め出すことで平和を保っていた。逃げた先が平和でも、そこは自分たちの居場所ではない。戻ってきた地球も、相変わらず危うい。

どこかへ行けば平和になる、という話にはならない。少年少女向けのドラマなのに、その結論を甘くしていない。そこが少し考えさせられた。


大林版『ねらわれた学園』との違い

同じ眉村卓原作では、薬師丸ひろ子主演の映画『ねらわれた学園』、アニメ映画の『迷宮物語』『時空の旅人』を見たことがある。

大林宣彦監督の『ねらわれた学園』は、原作が持っているはずの「なぜかわくわくする感じ」を、演出が消してしまっていた。峰岸徹にはどうしても笑ってしまい、全体がコメディのように見えて、いまひとつだった。

「ねらわれた学園」の峰岸徹さま

『なぞの転校生』は逆だ。怖さを笑いで逃がさない。だから、少し怖いままのわくわくが最後まで残る。

眉村作品の面白さは、たぶんこの居心地の悪さの中にある。

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