昔から「多羅尾伴内」という名前だけは知っていた。どんな映画なのかは、ほとんどわからなかった。探偵ものであることぐらいだ。
今回やっと見てみて、ああ、こういう感じか、とわかった。それがいちばんの収穫だった。
「片目の魔王」は、そういう名前の何か化け物的なものが出るのかと思っていた。
金田一耕助の「悪魔の~」や「~の首くくりの家」など、おどろおどろしい題名をつけて、中身もまあまあおどろおどろしいが・・・その系統だと思っていた。

だが実際は、彫像の片目にはまった宝石の争奪戦という感じの、密輸と連続殺人と、もう一方の片目のダイヤの在処をめぐる話だった。題名から想像した恐ろしげな風景などがほとんど出てこなくて、少し拍子抜けした

「七つの顔」も、思っていたのと違った。多羅尾伴内が次々と別人に化けていく、というより、どの顔の中にも多羅尾伴内がいた、という感じだった。変装はどれもバレバレで、明らかに同じ人なのに、周囲の誰も気づかない。現実的に考えれば不自然なのに、この映画ではそれを受け入れて見ることになっている。

ミステリー?サスペンス?、見ようによってはコメディではあるが、その約束ごとが、このシリーズの肝なんだと後からわかった。
最後に「藤村大造」と名乗られたとき、誰? と思ってWikipediaを開いた。そこには、多羅尾伴内の正体は藤村大造で、かつてはアルセーヌ・ルパンのような怪盗紳士だったが、改心して「正義と真実の使徒」として活動している、と書いてあった。神出鬼没な変装の天才で、私立探偵の多羅尾伴内はその顔のひとつにすぎない、という設定だった。
映画の中ではその説明がほとんどなく、最後までよくわからなかった。今ならWikipediaを調べればすぐわかるが、当時は原作を見ていないと、あの名乗りの意味がわからなかっただろう。
最近、片岡千恵蔵の主演作を続けて見ているせいか、ようやく顔を覚え始めたところだった。この映画でも、何度も姿を変えるたびに「あ、この人か」と思えた。

そのタイミングで、浜田少年役の子役・長門裕之がちらっと出てきた。名前を聞いて驚いた。最近よく見ている俳優の顔が定着し始めたころに、子役時代の別の俳優が現れるという、妙な巡り合わせだった。

長いあいだ名前だけ知っていた映画を、やっと中身として見られた。期待外れもあったし、よくわからないところもあった。それでも、見てよかったと思える程度には、わかった。こういう映画だったのか、という程度の理解で十分だったのかもしれない。

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