起と結だけの劇場版『X』と、アニメを楽しむ力が薄れた自分

25年ほど前に一度だけ見た劇場版『X』を、久しぶりに見直した。懐かしいものを見つけたので、そのまま見てみることにした。

覚えていたのは二つだけだ。当時よく聴いていたX JAPANの「Forever Love」と、救いのない終わり方。話の細かいところはほとんど忘れていた。それなのに、その二つだけは25年たっても残っていた。

見直した感想も、正直それに近い。始まりと終わりだけがはっきり決まっていて、そのあいだはほとんど駆け足。それでも、それなりに面白かった。

以下、結末に触れる。


目次

始まりと終わりだけで、話は追える

CLAMPの原作は長く、しかも未完のまま止まっている。劇場版は、その大きな物語を100分ほどに押し込んでいる。

骨組みは単純だ。東京に戻ってきた少年カムイが、地球の行く末をめぐる戦いで、どちらの側につくかを迫られる。そして幼なじみの封真が、敵として向こう側に立つ。

押さえておけばいいのは、この「起」と、二人がぶつかる「結」だけだ。途中で登場人物が次々に出てきて、名前を覚える前に退場していく。普通なら置いていかれそうな展開だが、不思議と話を見失うことはない。

始まりと終わりが決まっているから、途中が薄くても迷子にならない。どこへ向かう話なのかは最初から見えている。あとは、そこへ向かって転がり落ちていくのを眺めていればいい。


途中が薄いのは、欠点とは限らない

この劇場版は、原作を読み込んだ人ほど評価が厳しいだろう。天の龍と地の龍には、それぞれ背負っているものがあるはずだ。けれど映画では、それがほとんど描かれない。詰め込みすぎ、説明不足と言われるのも分かる。

ただ、自分はもともと興味本位で見ていた側だ。25年前もそうだったし、今回もそれは変わらない。原作を追うつもりはないし、一人ひとりの因縁を知りたいわけでもない。

そういう見方なら、途中を思い切って飛ばし、結末の悲劇へまっすぐ向かう作りのほうがありがたい。丁寧に描かれていたら、かえって途中で疲れていたかもしれない。


25年たっても残っていたもの

細かい筋はほとんど忘れていた。それなのに、主題歌と結末の印象だけは消えていなかった。

見直してみて、それがこの映画の芯なのだと思った。物語を理解させる映画というより、何かが終わっていく感じを焼きつける映画だ。

当時は「Forever Love」をよく聴いていた。だから曲のほうが先に頭に入っていて、映画はそれに重なる形で記憶に残ったのだと思う。どちらが先だったかは、もうはっきりしない。ただ、曲を思い出すと終わりの場面も一緒に浮かぶ。そのくらいには結びついていた。

25年たって残ったのが、筋ではなく音と終わり方だった。それはこの映画の作りから見て、たぶん正しい残り方なのだろう。


気になる人物はいる。でも、確かめには行かない

当時はあまり感じなかったが、今回見直すと、気になるキャラクターがたくさん出ていた。この人は何を抱えているのか。なぜそちら側にいるのか。映画はそこを語らないまま先へ進んでいく。

昔は話を追うだけで精一杯で、一人ひとりに目を留める余裕がなかったのかもしれない。今回は、画面の端に立っている人物にも目がいった。

とはいえ、それを原作やテレビアニメ版でわざわざ確かめるほど、今は暇ではない。その時間があるなら、別の映画を一本見たほうがいい。

これは作品の悪口ではない。自分の側の話だ。


アニメを楽しむ力が、少し薄れた

年をとって、アニメを見る力のようなものが落ちているのかもしれない。見て楽しいと思う心、と言ったほうが近い。

気になる人物がいるのに、追いかけたいとまでは思わない。昔なら、もう少し手を伸ばしていた気がする。そこに気づいたとき、少々悲しくなった。

八つ上の姉は、普通の映画も見るし、本も読むし、アニメも見る。そのどれも楽しめるらしい。自分より年上なのに、楽しめるものの幅が狭くなっていない。そういう姉が、少し羨ましい。


結局、懐かしくて、それなりに面白かった

キャラクターをよく描いていると言われるテレビアニメ版も、見ようとはした。だが今は見る方法が見つからなかった。探し方が足りないのかもしれない。原作も未完と聞くと、手を伸ばす気にはなれない。

だから、軽くネットで調べて終わりにする。

懐かしい映画を見て、それなりに面白かった。気になる人物がいたことも、それを追いかけない自分がいたことも含めて、今回はそれで十分だ。

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