前回は、オーストリア代表を取り上げた。1954年の3位、1998年以来28年ぶりのワールドカップ復帰、そしてラングニック監督のもとで再起動する赤白のチームである。古都の記憶と現代的な強度を携えて、オーストリアは北米へ向かう。
今回取り上げるのは、そのオーストリアと同じグループJに入ったヨルダン代表である。
グループJは、実に対照的な組である。前回王者アルゼンチンがいる。12年ぶりに戻ってくるアルジェリアがいる。28年ぶりに戻るオーストリアがいる。そして、初めてワールドカップに立つヨルダンがいる。
初出場国には、独特の輝きがある。
過去のワールドカップでの敗戦も、成功も、まだない。背負うものはあるが、大会で刻まれた記憶はこれから作る。国歌が鳴り、選手たちが整列し、最初のボールが転がる。その一瞬から、ヨルダンのワールドカップ史は始まる。
ヨルダン代表の愛称は「ナシャマ」。誇り高き者たち、勇敢な者たちという響きを持つ言葉である。2026年、ナシャマは初めて世界の中心へ歩き出す。
ヨルダン代表 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国名 | ヨルダン・ハシミテ王国 |
| 代表チーム | ヨルダン代表 |
| 愛称 | ナシャマ |
| 大陸連盟 | AFC |
| ワールドカップ出場 | 初出場 |
| ワールドカップ最高成績 | 初出場 |
| 監督 | ジャマル・セラミ |
| 注目選手 | ムサ・アル=ターマリ、アリ・オルワン、ヌール・アル=ラワブデ、ヤザン・アル=ナイマト など |
| グループJの相手 | アルゼンチン、アルジェリア、オーストリア |
ついに届いたワールドカップ
出典:FIFA公式
ヨルダンがワールドカップに出場するのは、2026年大会が初めてである。
これは大きい。
サッカーの代表チームにとって、初出場は一度しかない。どれだけ長い歴史を重ねても、「初めて」の瞬間は二度と戻ってこない。だからこそ、2026年のヨルダンには、特別な時間が流れている。
ヨルダンは、長くアジアの中で力を伸ばしてきた国である。だが、ワールドカップ本大会には届かなかった。アジア予選は広く、難しい。東アジア、西アジア、中東、オセアニアに近い地域まで、それぞれに特徴の違う相手がいる。移動も長く、環境も変わる。その中で勝ち抜くには、勢いだけでは足りない。
今回、ヨルダンはその壁を越えた。
AFC予選では、オマーンに3-0で勝利して本大会出場を決めた。FIFA公式や複数の報道でも、これがヨルダンにとって初のワールドカップ出場であることが強調されている。
ヨルダンの人々にとって、その勝利はただの一試合ではなかったはずである。国の名前がワールドカップの出場国一覧に刻まれる。グループ抽選で自分たちの国旗が並ぶ。世界中の人が「Jordan」という名前を大会の中で見る。
それは、サッカーが国にくれる大きな贈り物である。
2023年アジアカップの衝撃
ヨルダン代表の近年を語るうえで欠かせないのが、2023年アジアカップである。
この大会で、ヨルダンは決勝まで進んだ。アジアカップ準優勝。これは、ヨルダンのサッカー史にとって非常に大きな出来事だった。
大会前、ヨルダンを優勝候補として強く見ていた人は多くなかったかもしれない。だが、ヨルダンは一戦ごとに存在感を増していった。準々決勝ではイラクを劇的に破り、準決勝では韓国を2-0で下した。アジアの強豪を相手に堂々と戦い、初めて決勝へ進んだ。
出典:サッカーマガジンWEB
決勝では開催国カタールに敗れた。
だが、あの大会でヨルダンが示したものは大きかった。単なる健闘ではない。アジアの上位と本気で戦えるチームであることを、ピッチ上で証明したのである。
アジアカップでの躍進は、ワールドカップ予選にもつながったはずだ。大きな大会で勝ち上がる経験。強豪国を相手に怯まない経験。国民の期待を背負いながら試合を進める経験。それらが、代表チームに自信を与えた。
ヨルダンは、突然現れた初出場国ではない。
アジアの舞台で一度大きな扉を開き、その勢いと経験を持ってワールドカップへたどり着いた国である。
アモータからセラミへ
2023年アジアカップでヨルダンを決勝へ導いたのは、フセイン・アモータ監督である。
彼はチームに明確な形を与えた。守備の集中、速い攻撃、前線の選手たちの連動。ヨルダンは、ただ守って耐えるだけのチームではなかった。相手の隙を突き、素早く前へ出る力を持っていた。
その後、代表はジャマル・セラミ監督へ引き継がれた。
出典:FIFA公式
監督交代は、代表チームにとって常に難しい。良い流れを持つチームほど、その空気を壊さずに次へ進める必要がある。セラミ監督に求められるのは、アジアカップで得た自信を保ちながら、ワールドカップで戦える現実的なチームへ整えることである。
FIFA公式の代表メンバー発表でも、ヨルダンはセラミ監督のもとでムサ・アル=ターマリを中心とするチームとして紹介されている。
初出場国にとって、監督の役割は大きい。
選手たちは、初めての舞台で緊張する。相手はアルゼンチン、アルジェリア、オーストリアである。相手の名前を見ただけで、試合前から気持ちが揺れることもあるだろう。そこでチームを落ち着かせ、最初の一歩を正しく踏ませるのが監督である。
ヨルダンは初出場だが、ただ浮かれているだけではない。アジアカップ準優勝を経験し、予選を勝ち抜いたチームとして、世界の舞台に立つ。
ムサ・アル=ターマリという旗印
ヨルダン代表で最も知られた選手といえば、ムサ・アル=ターマリである。
出典:フットボールチャンネル
彼はヨルダンのサッカーにおける象徴的な存在であり、欧州でもプレーしてきた選手である。スピードがあり、左足で違いを作れる。サイドから仕掛け、相手守備を揺さぶる力を持っている。
初出場国がワールドカップで何かを起こすには、こうした個の力が必要である。
もちろん、チームとして守り、走り、組織を保つことは大前提だ。だが、強豪相手には、どこかで一人の選手が局面を変えなければならない。相手に押し込まれる時間が長くなっても、アル=ターマリがボールを持てば、ヨルダンのサポーターは前を向ける。
FIFA公式の暫定メンバー発表でも、アル=ターマリがヨルダンの中心として見出しに置かれている。
攻撃陣では、アリ・オルワンも重要である。予選で得点を重ねた選手として注目されており、ヨルダンが本大会で得点を狙ううえで大きな役割を担う。報道では、オルワンが予選でチーム最多得点を記録したことも紹介されている。
出典:サッカーダイジェストWeb
一方で、ヤザン・アル=ナイマトの状況には注意が必要である。アジアカップで強い印象を残した選手だが、FIFA公式の暫定メンバー記事では欠場が伝えられている。ヨルダンにとっては痛手である。
それでも、初出場のチームは一人の不在だけで止まってはいけない。全員で足りない部分を埋め、誰かが新しい物語を作る。それもまたワールドカップである。
ナシャマという誇り
ヨルダン代表の愛称「ナシャマ」には、誇りや勇敢さを感じる響きがある。
ヨルダンという国は、中東の歴史と地理の中にある。死海、ペトラ、砂漠、アンマンの街。観光地としてのイメージを持つ人も多いだろう。だが、ワールドカップのピッチに立つヨルダンは、単なる旅の風景ではなく、国の誇りを背負うチームである。
初出場国のサポーターには、独特の熱がある。
「ようやくここまで来た」という感情がある。試合の勝ち負けを超えて、国歌が鳴るだけで胸に来るものがある。選手がボールを奪うだけで歓声が上がり、シュートを打つだけで歴史の一部になる。
ヨルダンにとって、2026年大会の一つひとつの場面は初めての記録になる。
初めての試合。初めてのゴール。初めての勝ち点。初めての勝利。すべてが、国のサッカー史に新しいページとして残る。
この「初めて」が持つ力は、強豪国にはないものだ。
グループJの現実
ヨルダンが入ったグループJには、アルゼンチン、アルジェリア、オーストリアがいる。
まず、アルゼンチンである。
前回王者であり、メッシを擁する国である。ヨルダンにとって、これ以上ないほど大きな相手だ。アルゼンチン戦では、ボールを持たれる時間が長くなるだろう。守備の集中が必要になる。少ないチャンスをどう生かすか。前半をどう耐えるか。試合の入り方が非常に重要になる。

だが、初出場国が前回王者と同じグループに入るというのは、見方を変えれば大きな幸運でもある。ヨルダンの選手たちは、世界中が見る舞台で、世界王者と戦える。そこで何かを残せば、その瞬間は一気に歴史になる。
アルジェリアは、アフリカの強豪である。1982年に西ドイツを破り、2014年にベスト16へ進んだ国であり、2026年は12年ぶりの本大会復帰となる。マフレズやアムーラら攻撃の才能を持つ相手であり、ヨルダンにとっては非常に難しい試合になる。

オーストリアは、欧州の強度を持つチームである。ラングニック監督のもとで前から圧力をかけ、走り、奪いに来る。ヨルダンにとっては、初戦で当たる可能性のある相手として、試合のテンポに慣れる前から厳しい圧力を受けることになる。

グループJでヨルダンが突破を狙うのは簡単ではない。
しかし、ワールドカップは時に初出場国が大会の空気を変える。相手が格上であっても、最初の一つのゴール、最初の一つの勝ち点が、国全体を動かすことがある。
ヨルダンにとって大切なのは、最初から自分たちを小さく見すぎないことだと思う。
初出場国の怖さ
初出場国には、失うものの少なさがある。
もちろん、緊張はある。経験不足もある。ワールドカップの空気に飲まれる可能性もある。だが同時に、相手にとって読みにくい存在でもある。大会での過去のデータが少なく、選手たちがどこまで伸びるかもわからない。
ヨルダンは、アジアカップで強豪を倒した経験がある。韓国を破り、決勝まで進んだ。あの経験は、選手たちの中に残っているはずである。
「自分たちはやれる」
この感覚は、大きな大会で非常に重要だ。
ワールドカップでは、名前だけで勝てるわけではない。アルゼンチン、アルジェリア、オーストリアという相手は確かに強い。だが、試合は90分で決まる。ピッチに立てば、肩書きだけでゴールは入らない。
ヨルダンが守備を整え、アル=ターマリやオルワンの速さを生かし、セットプレーでチャンスを作れれば、何かが起きる可能性はある。
それが初出場国の面白さである。
砂漠の王国から、世界へ
ヨルダン代表の2026年大会は、勝ち点や順位だけで語るにはもったいない。
もちろん、選手たちは勝つために戦う。初出場だから参加できればよい、という気持ちではないだろう。アジアカップ準優勝を経験し、予選を勝ち抜いたチームとして、堂々とグループJに挑むはずである。
だが、見る側としては、まずその一歩を大切に見たい。
ヨルダンの国歌がワールドカップで流れる。ナシャマの選手たちが、世界王者アルゼンチン、アフリカの強豪アルジェリア、欧州のオーストリアと向き合う。サポーターが赤、白、黒、緑の旗を掲げる。
その光景自体が、すでに新しい歴史である。
ワールドカップは、優勝候補だけの大会ではない。初めて扉を開ける国がいるから、世界大会は世界大会になる。ヨルダン代表は、そのことを静かに教えてくれるチームになるかもしれない。
砂漠の王国から、ナシャマが世界へ出ていく。
最初の一歩は、きっと国の記憶に長く残るはずである。






コメント