決勝トーナメントに入ると、同じ1試合でも空気が変わる。
グループリーグなら、負けても次がある場合がある。引き分けでも、他会場の結果に救われることがある。だが、ここからは違う。勝てば次へ進み、負ければその場で大会を去る。笛が鳴った瞬間に、片方の国の物語は続き、もう片方の国の物語は終わる。
その最初の試合が、南アフリカ対カナダだった。
結果は、南アフリカ 0-1 カナダ。
スコアだけ見れば、たった1点差の試合である。だが、その1点が生まれた時間を知ると、重さが変わる。90分を過ぎ、延長戦の気配が濃くなった90+2分。スティーブン・エウスタキオが決勝点を決め、カナダがベスト16へ進んだ。
試合は、カナダが押し込みながらも、なかなかこじ開けられない展開だった。
前半44分には、カナダのモイーズ・ボンビトのヘディングがゴールライン上で南アフリカのオーブリー・モディバにかき出された。あの場面で入っていれば、試合の景色は早く変わっていたかもしれない。だが、決勝トーナメントの試合は、そう簡単に流れを渡してくれない。
前半終了間際には、リッチー・ラリアがペナルティエリア内で倒れ、カナダはPKを求めた。VARの確認も入ったが、判定は変わらずノーペナルティ。カナダにとっては苛立ちの残る場面だったはずである。だが、ここで試合が荒れ切らなかったところに、この試合の緊張感があった。
南アフリカも、ただ耐えていただけではない。
ロンウェン・ウィリアムズを中心に、最後のところで体を張った。65分にはカナダのタニ・オルワセイの決定機をウィリアムズが防ぎ、こぼれ球に詰めようとしたジョナサン・デイヴィッドも、ムベケゼリ・ムボカジの必死の守備に阻まれた。あれは、敗れた側の選手の名前も記憶に残しておきたい場面である。
点が入らないまま時間だけが過ぎていく試合には、独特の重さがある。
テレビの前で見ていても、どちらかが決めるというより、どちらかが耐え切れなくなるのではないかという空気になる。南アフリカは延長まで持ち込めば、自分たちの時間が来ると思っていたかもしれない。カナダは、攻めながらも決め切れない焦りを抱えていたはずである。
そこに、途中出場のアルフォンソ・デイヴィスが入ってくる。
カナダにとって、彼の存在は単なる選手交代ではない。2022年大会でカナダにワールドカップ初ゴールをもたらした選手であり、この国のサッカーの象徴のような選手である。先発ではなく途中からの出場だったが、その姿がピッチにあるだけで、カナダの攻撃にもう一度熱が戻ったように見えた。
そして90+2分である。
エウスタキオがボールを収め、シュートを沈めた。
出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN
延長戦へ向かいかけていた試合が、その一瞬で終わりの形を変えた。南アフリカにとっては、あと少しで次の30分が見えていた時間である。カナダにとっては、あと少しで苦しい延長に入るところだった。そこに生まれた1点だからこそ、喜びも、痛みも、あまりに大きかった。
出典:産経新聞:産経ニュース
カナダは、これでベスト16へ進む。
共同開催国として迎えた大会で、グループリーグを越え、さらに決勝トーナメントで勝利をつかんだ。この一勝は、単なる大会成績以上の意味を持つはずである。サッカーが国の記憶になる瞬間というものがあるなら、この試合の終盤は、まさにそのひとつだったのではないか。
一方で、南アフリカの大会はここで終わった。
0-1という結果は、敗者にとって残酷である。大きく崩されたわけではない。何度も守り、何度も跳ね返し、延長戦の入口までたどり着いていた。それでも、最後の最後に一つだけ扉を開けられた。決勝トーナメントとは、そういう場所である。健闘という言葉だけでは片づけられない悔しさが残る。
だが、南アフリカの去り際を責める気にはなれない。
ゴールライン上でのクリア、体を投げ出した守備、最後まで粘った時間。負けたからといって、それらが消えるわけではない。ワールドカップの決勝トーナメントまで来て、90分を越えるところまで相手を苦しめた。その事実は、静かに残しておきたい。
カナダの次の相手は、オランダ対モロッコの勝者である。
どちらが来ても簡単ではない。だが、決勝トーナメントの最初の扉をこじ開けたカナダには、もう少し先を見てもいいだけの資格がある。グループリーグから続いてきた物語は、ここで終わらなかった。
南アフリカの選手たちは去り、カナダの選手たちは次の試合へ向かう。
同じピッチの上で、喜びと悔しさがすれ違う。
それが決勝トーナメントである。
そして、その最初の試合は、90+2分の一撃と、敗れた国の粘りを残して終わった。



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