グループIでは、フランス、セネガル、イラク、ノルウェーを見てきた。世界王者の記憶を持つフランス、2002年の衝撃を背負うセネガル、40年ぶりに戻ってきたイラク、そしてハーランドとウーデゴールを連れて帰ってきたノルウェー。それぞれに、ワールドカップへ向かう理由があった。
ここからはグループJに入る。
最初に取り上げるのは、アルゼンチン代表である。
アルゼンチンは、2026年大会に前回王者として臨む。2022年カタール大会で世界を制し、リオネル・メッシがついにワールドカップを掲げた国である。あの瞬間は、アルゼンチンだけでなく、世界中のサッカーファンにとって特別な記憶になった。
だからこそ、2026年のアルゼンチンには、他の国とは違う重みがある。
挑戦者ではない。追われる側である。王冠をかぶったまま、もう一度世界の舞台へ立つ国である。
アルゼンチン代表 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国名 | アルゼンチン共和国 |
| 代表チーム | アルゼンチン代表 |
| 愛称 | ラ・アルビセレステ |
| 大陸連盟 | CONMEBOL |
| ワールドカップ出場 | 19回目 |
| ワールドカップ最高成績 | 優勝(1978年、1986年、2022年) |
| 監督 | リオネル・スカローニ |
| 注目選手 | リオネル・メッシ、ラウタロ・マルティネス、フリアン・アルバレス、エミリアーノ・マルティネス、ロドリゴ・デ・パウル、アレクシス・マック・アリスター など |
| グループJの相手 | アルジェリア、オーストリア、ヨルダン |
1978年、1986年、そして2022年
アルゼンチン代表のワールドカップ史には、三つの大きな頂点がある。
出典:サッカーダイジェストWeb
ひとつ目は、1978年大会である。自国開催のワールドカップで、アルゼンチンは初めて世界王者になった。マリオ・ケンペスを中心としたチームが、ブエノスアイレスの熱狂の中でトロフィーを掲げた。
ふたつ目は、1986年メキシコ大会である。これは、ディエゴ・マラドーナの大会として語られる。イングランド戦の「神の手」と「5人抜き」。決勝で西ドイツを破っての優勝。マラドーナは、あの大会でサッカー選手がひとつの国の象徴になる瞬間を見せた。
出典:CNN
そして三つ目が、2022年カタール大会である。
リオネル・メッシが、長く追い続けてきたワールドカップをついに手にした大会である。若い頃から天才と呼ばれ、バルセロナであらゆる栄光を手にしながら、代表では何度も届かなかった。2014年ブラジル大会では決勝でドイツに敗れた。コパ・アメリカでも、長くあと一歩の悔しさを味わった。
そのメッシが、2022年に世界王者になった。
出典:FIFA公式
アルゼンチンの三つの優勝は、それぞれ違う記憶を持っている。1978年は自国の熱狂。1986年はマラドーナの神話。2022年はメッシの救済にも似た歓喜である。
2026年のアルゼンチンは、そのすべてを背負って大会に向かう。
カタールで終わった物語、終わらなかった物語
出典:スポニチ
2022年カタール大会の決勝は、ワールドカップ史に残る試合だった。
相手はフランス。アルゼンチンはリードしながら、キリアン・ムバッペに追いつかれた。延長戦でも再び追いつかれ、最後はPK戦までもつれた。普通なら、一度流れを失った時点で崩れてもおかしくなかった。
だが、アルゼンチンは耐えた。
エミリアーノ・マルティネスが守り、メッシが導き、チーム全体が最後まで崩れなかった。PK戦を制した瞬間、メッシはついにワールドカップを手にした。
あの優勝で、ひとつの物語は完結したように見えた。
メッシに足りなかった最後のピース。マラドーナと比較され続けた時間。代表で勝てないと言われた年月。それらが、すべてカタールの夜にほどけていった。
しかし、アルゼンチン代表の物語はそこで終わらなかった。
2026年大会に、アルゼンチンは前回王者として戻ってくる。メッシもまた、そのチームの中にいる。つまり、2026年は「メッシがワールドカップを取れるか」という大会ではない。すでに取った男が、もう一度その舞台に立つ大会である。
そこには、不思議な余白がある。
取り戻すものではなく、付け加えるもの。証明するためではなく、もう一度味わうための大会。もちろん本人やチームは本気で勝ちにいくだろう。だが、見る側の感覚は2022年とは少し違う。あの悲願を背負った緊張感ではなく、王者がどこまで美しく歩みを続けるのかを見るような感覚がある。
スカローニが作った代表
出典:FIFA公式
アルゼンチンの復活を語るうえで、リオネル・スカローニ監督の存在は欠かせない。
彼は、最初から名将として迎えられたわけではなかった。むしろ、就任当初は疑問の声も多かった。だが、スカローニは少しずつ代表を作り直した。
メッシだけに頼るチームではなく、メッシを中心にしながらも、全員で走り、全員で戦うチームへ変えていった。ロドリゴ・デ・パウルの献身、パレデスの強さ、マック・アリスターの賢さ、エンソ・フェルナンデスの推進力。そうした選手たちが、メッシの周囲で働いた。
2022年のアルゼンチンは、華麗なだけのチームではなかった。
粘り強く、泥臭く、感情が強く、仲間のために走るチームだった。メッシのために、という言葉で片づけるのは簡単だが、実際にはもっと深かった。選手たちはそれぞれの役割を理解し、国のために戦い、最後にはひとつの集団になった。
スカローニの功績は、そこにある。
アルゼンチンには昔から才能がいた。だが、才能だけではワールドカップは勝てない。メッシがいても、アグエロがいても、ディ・マリアがいても、イグアインがいても、届かなかった時代がある。スカローニは、その才能をチームにした。
そして2026年、彼は王者としてのチームをもう一度率いる。
これは簡単ではない。
優勝したチームを維持することは、優勝することと同じくらい難しい。相手は研究してくる。選手は年齢を重ねる。満足感も生まれる。新しい選手を入れながら、勝ったチームの空気を壊さない。その繊細な作業が必要になる。
メッシの現在地
リオネル・メッシについては、もう多くを説明する必要はない。
ただ、2026年大会のメッシは、若い頃のメッシではない。相手を何人も抜き去り、毎試合のように試合を破壊する時代とは違う。走る距離も、プレーの強度も、年齢とともに変化している。
しかし、メッシにはまだメッシにしかできないことがある。
ボールを受けた瞬間に時間を止めるような感覚。相手の守備のわずかな隙を見つける視野。味方が走る前にそこへパスを出す判断。フリーキック、ラストパス、ゴール前の一瞬の左足。
彼がピッチにいるだけで、相手の守備は少し緊張する。
2022年のメッシは、若い頃の爆発力と、晩年の知性が混ざったような選手だった。2026年では、さらに知性の比重が増すだろう。すべての試合で90分間走り回る必要はない。必要な場所にいて、必要な瞬間に触る。その一回のタッチで試合を変える。
出典:CoCoKARAnext
アルゼンチンにとって、メッシは今も象徴である。
ただし、もう彼ひとりにすべてを背負わせる時代ではない。2022年に優勝したことで、むしろチーム全体がその重荷を分け合えるようになった。メッシは中心でありながら、同時にチームの一部でもある。その自然さが、今のアルゼンチンの強さだと思う。
ラウタロ、フリアン、エミリアーノ
アルゼンチンには、メッシ以外にも重要な選手が多い。
ラウタロ・マルティネスは、クラブで得点を重ねてきたストライカーである。代表では時に厳しい目で見られることもあったが、ゴール前での存在感は大きい。長い大会では、彼のような選手がどこかで重要な得点を決める可能性がある。
出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN
フリアン・アルバレスは、運動量と賢さを持つ選手である。前線から守備をし、スペースへ走り、必要な場所に顔を出す。2022年大会でも、彼の活躍は大きかった。派手なスターというより、チームに足りないものを補う選手である。
出典:きちのうすめ雑記 – はてなブログ
そしてエミリアーノ・マルティネスである。
2022年大会で、彼の存在はあまりにも大きかった。オランダ戦のPK戦、フランス戦の延長終了間際のセーブ、そして決勝のPK戦。彼は単なるゴールキーパーではなく、アルゼンチンの感情を背負う存在になった。
出典:Goal.com
ワールドカップでは、ゴールキーパーが大会の運命を変えることがある。エミリアーノ・マルティネスは、そのことを世界に示した選手である。
中盤には、デ・パウル、マック・アリスター、エンソ・フェルナンデスらがいる。彼らは、アルゼンチンの心臓部である。激しく、走り、奪い、前へ運ぶ。メッシの周囲にこうした選手たちがいるから、チームは成立する。
ディ・マリアのいない景色
出典:Goal.com
2022年のアルゼンチンを思い出すとき、アンヘル・ディ・マリアの名前も欠かせない。
決勝でのゴール。涙。大舞台での勝負強さ。ディ・マリアは、長く代表を支え、重要な決勝で何度も仕事をした選手である。
その彼が代表を離れたあとのアルゼンチンは、また少し違う景色になる。
偉大な選手が去ったあと、チームは必ず変わる。ディ・マリアの左足、走力、勝負どころでの強さは簡単には代えられない。だが、代表は止まらない。新しい選手が入り、新しい役割が生まれ、少しずつ次の形へ移っていく。
アルゼンチンは、メッシの最後の時間と、新しい世代の始まりが重なっているチームである。
そこが面白い。
完全な若返りではない。完全な過去の継続でもない。2022年の余韻を残しながら、少しずつ次の代表へ移っていく。その途中に、2026年大会がある。
グループJの相手たち
アルゼンチンが入ったグループJには、アルジェリア、オーストリア、ヨルダンがいる。
前回王者として見れば、アルゼンチンは当然ながら突破を期待される立場である。だが、ワールドカップのグループステージに簡単な試合はない。
アルジェリアは、アフリカの強豪である。2014年ブラジル大会では決勝トーナメントに進み、ドイツを相手に延長戦まで戦った記憶がある。技術があり、独特のリズムがあり、勢いに乗ると怖い。アルゼンチンの初戦の相手として、決して油断できない国である。

オーストリアは、欧州の規律と強度を持つチームである。長くワールドカップから遠ざかっていた国でもあり、2026年大会には強い思いを持って臨むだろう。組織的に守り、前から圧力をかけ、相手のリズムを壊す力がある。アルゼンチンにとっては、簡単にボールを持たせてもらえない試合になるかもしれない。

ヨルダンは、ワールドカップ初出場国である。初出場国には、失うものの少なさがある。相手が前回王者であれば、なおさら思い切って戦ってくるだろう。アルゼンチンから見れば勝ち点3を計算したい相手かもしれないが、そういう試合ほど入り方が難しい。

グループJは、アルゼンチンにとって「勝って当然」と見られる組かもしれない。だが、前回王者ほど危険な立場もない。相手は全力でぶつかってくる。少しでも緩めば、試合は一気に難しくなる。
2022年大会の初戦で、アルゼンチンはサウジアラビアに敗れた。あの敗戦を覚えている限り、彼らは油断しないだろう。むしろ、前回王者として迎える2026年だからこそ、初戦の怖さを誰よりも知っているはずである。
連覇という難しさ
アルゼンチンが目指すのは、2大会連続優勝である。
これは、非常に難しい。
ワールドカップ連覇は、簡単にできるものではない。前回王者は研究される。選手は年齢を重ねる。チームの空気も変わる。前回大会でうまくいった形が、次の大会でもそのまま通用するとは限らない。
2022年のアルゼンチンは、物語の力も大きかった。メッシにワールドカップを、という空気がチームの中にも外にもあった。その感情は、時に選手たちを押し上げた。
2026年には、その空気は少し違う。
もう悲願ではない。すでに達成された夢のあとで、もう一度勝つ大会である。そこには、別の難しさがある。飢えを保てるか。王者としての自信を、慢心に変えずにいられるか。新しい選手たちが、前回大会の記憶に飲み込まれず、自分たちの大会を作れるか。
スカローニ監督の手腕が問われるのは、まさにそこだろう。
アルゼンチンという感情
アルゼンチン代表を見ていると、サッカーが単なる競技ではないことを思い出す。
国旗の水色と白。スタンドの歌。涙を流すサポーター。メッシの名前を叫ぶ声。マラドーナの記憶。ブエノスアイレスの街角。サッカーが生活の中に深く入り込んでいる国である。
アルゼンチンの試合には、いつも感情がある。
喜びも、怒りも、祈りも、誇りも、すべてが濃い。勝てば街が揺れ、負ければ国全体が沈むように見える。それほどまでに代表チームが大きな意味を持っている。
2022年の優勝は、その感情が世界中に届いた大会だった。
メッシがトロフィーを掲げたとき、アルゼンチン国内だけでなく、世界のあちこちで人々が喜んだ。ひとりの選手の物語が、国境を越えて共有された瞬間だった。
2026年のアルゼンチンは、その余韻をまとって北米へ向かう。
だが、余韻だけでは勝てない。王者として、もう一度現実の試合を戦わなければならない。アルジェリア、オーストリア、ヨルダン。そこから先のトーナメント。ひとつずつ勝ち上がる必要がある。
王冠の重みと、静かな始まり
アルゼンチン代表の2026年は、特別な大会になる。
メッシにとって、おそらく最後に近いワールドカップになる。スカローニにとっては、王者として真価を問われる大会になる。若い選手たちにとっては、2022年の栄光を受け継ぎながら、自分たちの時代を始める大会になる。
前回王者として迎えるワールドカップには、独特の重みがある。
追いかけるときよりも、追われるときの方が難しい。夢を見るよりも、夢を守る方が難しい。だが、アルゼンチンには、その重みを知る選手たちがいる。カタールの歓喜と苦しさを経験した選手たちが、もう一度同じ山へ向かう。
水色と白のユニフォームが北米のピッチに立つとき、そこには1978年、1986年、2022年の記憶が重なる。
そして、その中心にはまだメッシがいる。
ただし、2026年のメッシは、未完成の物語を完成させるために立つのではない。すでに完成した物語の、その先にある余白を歩くために立つのだと思う。
アルゼンチン代表は、王冠の重みを背負ってグループJを進んでいく。その一歩目は、静かなようでいて、世界中が見つめる一歩になる。











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