前回は、グループKの最後としてコロンビア代表を紹介した。
黄色いユニフォーム、バルデラマの記憶、ハメス・ロドリゲスの2014年、そしてルイス・ディアスの現在。南米の風をまとったコロンビアで、グループKの物語はひと区切りとなった。
ここからは、いよいよグループLである。
その最初に登場するのが、イングランド代表だ。
サッカーの母国。
この言葉は、イングランドを語る時に何度も使われてきた。近代サッカーの発祥地であり、世界で最も人気のあるリーグを持ち、毎週のように世界中のファンがプレミアリーグを見ている国である。
だが、ワールドカップの歴史において、イングランドは不思議な立ち位置にいる。
1966年に一度だけ世界の頂点に立った。その記憶は、いまも国の誇りである。しかし、それ以来、ワールドカップの王冠には届いていない。強い。選手はいる。期待もある。だが、最後の一歩で何度も止まってきた。
2026年のイングランド代表は、その長い時間と向き合うチームである。
ハリー・ケイン、ジュード・ベリンガム、フィル・フォーデン、ブカヨ・サカ。才能は十分にそろっている。監督はトーマス・トゥヘル。期待されないはずがない。
それでも、イングランドにはいつも、期待の大きさそのものが重くのしかかる。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国名 | イングランド |
| 大陸連盟 | UEFA |
| 代表愛称 | スリーライオンズ |
| 監督 | トーマス・トゥヘル |
| 主な選手 | ハリー・ケイン、ジュード・ベリンガム、フィル・フォーデン、ブカヨ・サカ、デクラン・ライス、ジョン・ストーンズ、カイル・ウォーカー、ジョーダン・ピックフォード |
| ワールドカップ出場 | 17回目 |
| 最高成績 | 優勝(1966年) |
| 主な国際実績 | FIFAワールドカップ1966優勝、EURO2020準優勝、EURO2024準優勝 |
| 2026年大会 | グループL |
| グループLの相手 | クロアチア、ガーナ、パナマ |
1966年、いまも輝く唯一の王冠
出典:FIFA公式
イングランド代表のワールドカップ史は、1966年を中心に回っている。
自国開催の大会だった。舞台はウェンブリー。決勝の相手は西ドイツ。ボビー・チャールトン、ボビー・ムーア、ジェフ・ハースト。いまも名前が残る選手たちが、白いユニフォームを着て世界の頂点に立った。
決勝は延長戦にもつれた。ジェフ・ハーストのシュートがクロスバーを叩き、ゴールラインを越えたかどうかで今も語られるあの場面。最後にはハーストがもう1点を決め、イングランドは4-2で勝った。
サッカーの母国が、自国の聖地でワールドカップを掲げる。
これ以上ないほど美しい物語である。
だが、この美しさは同時に、後の世代にとって重荷にもなった。イングランドは1966年を持っている。だからこそ、いつもそこへ戻らなければならない。どれほど時代が変わっても、どれほど選手が入れ替わっても、「あの時は勝った」という記憶が残り続ける。
他の国なら、準決勝進出や準優勝でも大きな成功として語られるかもしれない。だが、イングランドの場合、1966年があるために、常に比較される。
「なぜ、もう一度勝てないのか」
この問いが、60年近く代表の背中に貼りついている。
栄光の後に続いた長い空白
1966年の後、イングランドは何度もワールドカップに挑んできた。
だが、頂点には届かなかった。
1970年大会では、王者として臨みながら西ドイツに敗れた。1986年メキシコ大会では、マラドーナの「神の手」と「5人抜き」によってアルゼンチンに敗れた。1990年イタリア大会では、ガスコインの涙とPK戦の末に西ドイツに屈した。
イングランドのワールドカップ史には、印象的な敗北が多い。
それは単に弱かったからではない。むしろ、強かったからこそ記憶に残る。あと少しで届きそうだった。流れが違えば勝てたかもしれない。そう思える試合が多いから、悔しさが深くなる。
1990年のガスコインの涙は、その象徴だ。
出典:Number Web
準決勝、西ドイツ戦。若きポール・ガスコインは、次の試合に出られなくなる警告を受け、涙を浮かべた。その姿はイングランドの人々の記憶に刻まれた。勝敗以上に、代表というものが選手にとってどれほど重いかを示す場面だった。
サッカーの母国であること。過去に一度頂点に立ったこと。国民の期待が大きいこと。
イングランド代表は、いつもそれらを背負ってきた。
ベッカム、オーウェン、黄金世代のもどかしさ
出典:Yahoo!オークション – Yahoo! JAPAN
1998年から2000年代にかけて、イングランドにはスターがそろっていた。
デイヴィッド・ベッカム、マイケル・オーウェン、スティーヴン・ジェラード、フランク・ランパード、ポール・スコールズ、リオ・ファーディナンド、ジョン・テリー、ウェイン・ルーニー。
名前だけを並べれば、優勝してもおかしくない。プレミアリーグの人気も高まり、世界中がイングランドの選手を知るようになった。まさに「黄金世代」と呼ばれる顔ぶれだった。
だが、ワールドカップでは届かなかった。
1998年フランス大会では、若きオーウェンがアルゼンチン戦で衝撃的なゴールを決めた。だが、ベッカムの退場もあり、PK戦で敗れた。2002年日韓大会では、ブラジルに敗れた。2006年ドイツ大会では、ポルトガルにPK戦で敗れた。
イングランドにとって、PK戦は長い間、痛みを伴う言葉だった。
選手はいた。スターもいた。期待もあった。それでも、チームとして最後の壁を越えられなかった。クラブでは輝く選手たちが、代表になるとどこか噛み合わない。中盤の組み合わせ、戦術、重圧、メディアの視線。いろいろな理由が語られた。
サッカーの母国であることは、誇りである。だが、時にそれは過剰な期待となり、選手たちの足元を重くした。
黄金世代は、まばゆかった。
しかし、王冠には届かなかった。
サウスゲート時代が変えた空気
出典:Goal.com
近年のイングランド代表を語る上で、ガレス・サウスゲートの時代は大きい。
現役時代にEURO1996でPKを外した記憶を持つ人物が、代表監督としてイングランドを少しずつ変えていった。彼のチームは、派手なカリスマ性で押し切るものではなかった。むしろ、落ち着き、結束、若い選手を信じる姿勢が特徴だった。
2018年ロシア大会で、イングランドはベスト4に進んだ。
久しぶりに国全体が代表に前向きな熱を持った大会だった。「Football’s coming home」という歌が再び響き、イングランドの人々は久々に夢を見た。準決勝ではクロアチアに敗れたが、それでも代表への空気は確かに変わった。
2021年に行われたEURO2020では、イングランドは決勝まで進んだ。舞台はウェンブリー。1966年の記憶が蘇る場所である。だが、決勝ではイタリアにPK戦で敗れた。
2022年カタール大会では、準々決勝でフランスに敗れた。ハリー・ケインがPKを外した場面は、またしてもイングランドの痛みとして残った。
そしてEURO2024でも、イングランドは決勝に進んだが、スペインに敗れた。
この流れを見ると、イングランドは確実に強くなっている。ベスト4、準優勝、ベスト8、準優勝。大崩れしているわけではない。むしろ、常に上位にいる。
だが、最後の一歩だけが足りない。
ここに、いまのイングランドのもどかしさがある。
トゥヘルという新しい選択
出典:FIFA公式
2026年大会へ向かうイングランドを率いるのは、トーマス・トゥヘルである。
ドイツ人監督がイングランド代表を率いる。この事実だけでも、いろいろな感情を呼ぶ。イングランドとドイツは、ワールドカップ史の中で何度もぶつかってきた。1966年の決勝、1990年の準決勝、EUROでの記憶。ライバルという言葉が自然に出てくる関係である。
そのイングランドが、ドイツ人指導者に未来を託す。
ここには、勝つためには変わらなければならない、という現実的な判断があるのだろう。
トゥヘルはクラブで実績を残してきた監督である。戦術的で、細部にこだわり、短期決戦にも強い。チェルシーではUEFAチャンピオンズリーグを制した。プレミアリーグを知っていることも、イングランド代表にとっては大きい。
イングランドには、才能がそろっている。問題は、それをどう整理するかである。
ケインをどう使うのか。ベリンガムの自由をどこまで許すのか。フォーデンやサカの創造性をどう生かすのか。ライスを中心に中盤をどう安定させるのか。守備のラインをどこに置くのか。
トゥヘルに求められるのは、スターを並べることではない。才能を勝つ形に変えることである。
ハリー・ケイン、未完のエース
出典:FIFA公式
イングランド代表の中心には、ハリー・ケインがいる。
長く代表のエースとしてゴールを重ね、主将としてチームを背負ってきた選手である。派手なドリブルで観客を沸かせるタイプではない。だが、得点を取る力、ポストプレー、パス、試合の読み。すべての面で非常に高い水準にある。
ケインのキャリアには、いつも「あと一歩」がつきまとう。
クラブでも代表でも、個人としては素晴らしい数字を残してきた。だが、大きなタイトルにはなかなか手が届かなかった。だからこそ、イングランド代表の物語とケイン個人の物語は重なる。
1966年以来届かない国。
大きなタイトルにあと一歩届かないエース。
この重なりが、2026年のイングランドを見る上で大きな要素になる。
出典:FIFA公式
ケインは、もう若手ではない。経験もある。失敗も知っている。大舞台の重さも、PKの痛みも知っている。だからこそ、2026年大会で彼がどんな表情を見せるのかは気になる。
ワールドカップの決勝トーナメントでは、エースが決めるかどうかで国の運命が変わることがある。
ケインにとって2026年は、代表キャリアの中でも特に大きな大会になるだろう。
ベリンガムという新しい中心
出典:スポーツナビ – Yahoo! JAPAN
そして、ジュード・ベリンガムである。
彼は、イングランド代表の現在と未来をつなぐ選手だ。
若くして欧州の頂点に近い場所でプレーし、すでに大舞台での存在感を示してきた。中盤の選手でありながら、ゴール前にも顔を出し、守備でも戦い、試合の流れを変えることができる。単なる有望株ではなく、すでにチームの中心になり得る選手である。
ベリンガムの魅力は、堂々としているところにある。
若い選手にありがちな遠慮があまりない。強い相手にも、自分の時間を作ろうとする。ボールを持った時の迫力、ゴール前へ入るタイミング、感情を表に出す姿。そのすべてが、現代のイングランドに新しい色を加えている。
ただし、彼にも重圧はかかる。
イングランドでは、若い才能が現れるとすぐに大きな期待が集まる。過去にも多くの選手が、その期待と戦ってきた。ベリンガムが違うのは、すでにその重さを引き受けるだけの風格を持ち始めていることだ。
2026年のイングランドが本当に上へ行くなら、ベリンガムの大会になる可能性がある。
ケインが経験を背負うエースなら、ベリンガムは新しい時代の中心である。
フォーデン、サカ、ライス、厚みを増した世代
イングランドの強みは、ケインとベリンガムだけではない。
フィル・フォーデンがいる。
ブカヨ・サカがいる。
デクラン・ライスがいる。
フォーデンは、狭い場所で違いを作れる選手である。クラブで磨かれた技術、動き出し、左足の感覚。相手が守備を固めた時に、彼のような選手がいることは大きい。
出典:note
サカは、右サイドから仕掛ける力を持つ。若くして代表の重圧を経験し、悔しさも乗り越えてきた。明るい表情の奥に、強さがある選手だ。彼がボールを持つと、スタジアムの空気が少し前へ傾く。
出典:Pass Calcio⚽️! – Pass Calcio⚽️!
ライスは、中盤の土台である。派手さだけで語られる選手ではないが、チームのバランスを支える。攻撃的な才能が多いイングランドにとって、こういう選手の存在は欠かせない。
出典:フットボールチャンネル
さらに、守備陣にも経験がある。ジョン・ストーンズ、カイル・ウォーカー、ジョーダン・ピックフォード。年齢構成やコンディションの問題はあるにせよ、国際大会を知る選手が後ろにいることは大きい。
イングランドは、もはや「数人のスターに頼るチーム」ではない。
前線、中盤、守備、どこにも質がある。控えにも名前のある選手がいる。だからこそ、トゥヘル監督には選択の難しさがある。誰を使うかだけでなく、誰を使わないかも大きな判断になる。
グループLの相手たち
イングランドが入ったグループLには、クロアチア、ガーナ、パナマがいる。
まず注目されるのはクロアチアである。
2018年ロシア大会の準決勝で、イングランドはクロアチアに敗れた。あの試合は、イングランドが早い時間に先制しながら、延長戦で逆転された試合だった。決勝進出に手が届きかけていただけに、記憶に残る敗戦である。

2026年大会で再び同じグループに入ったことには、因縁めいたものがある。
クロアチアは、決して人口の大きな国ではない。だが、ワールドカップでは何度も上位に進んできた。経験、粘り、試合運びのうまさ。イングランドにとっては、初戦から非常に難しい相手になる。
ガーナも簡単ではない。
アフリカ勢らしい身体能力と、ワールドカップでの経験を持つ国である。2010年南アフリカ大会ではベスト8に進み、アフリカの夢にあと一歩まで近づいた。イングランドがボールを持つ時間が長くなったとしても、カウンターや球際の強さには注意が必要だ。

パナマは、2018年大会でイングランドと対戦したことがある国である。あの時はイングランドが大勝したが、ワールドカップに同じ試合はない。パナマにとっては、強豪相手にどれだけ粘れるかが大きなテーマになる。

グループLでイングランドは突破候補である。これは間違いない。だが、初戦のクロアチア戦でつまずけば、空気は一気に重くなる。イングランドという国では、期待が高いぶん、少しの不安も大きな話題になる。
だからこそ、初戦の入り方が重要になる。
期待が大きすぎる国
イングランド代表を見ていると、いつも感じることがある。
この国は、期待が大きすぎる。
もちろん、それだけサッカーが生活に根づいているということでもある。プレミアリーグがあり、国内メディアがあり、スタジアム文化があり、代表への関心も非常に高い。人々が本気で代表を見ているからこそ、喜びも怒りも大きくなる。
だが、その期待は時に選手を苦しめる。
勝って当然。
優勝候補。
今度こそ。
1966年以来。
Football’s coming home。
こうした言葉は、応援であると同時に、重さでもある。
ワールドカップは、実力だけで勝てる大会ではない。流れ、怪我、判定、PK戦、気候、相手の勢い。さまざまな要素が絡む。どれほど強い国でも、ひとつのミスで大会を去ることがある。
イングランドは、それを何度も味わってきた。
だから、2026年大会でも必要なのは、過剰に盛り上がりすぎないことかもしれない。もちろん期待はある。優勝を狙える選手層もある。だが、勝利への道は派手な宣言ではなく、一試合ずつの積み重ねでしか開かれない。
トゥヘルがイングランドにもたらすべきものは、戦術だけではない。期待の熱を、冷静な勝負へ変える力なのだろう。
60年ぶりの夢
1966年から2026年まで、ちょうど60年である。
この数字は重い。
60年という時間の間に、サッカーは大きく変わった。戦術も、選手の身体も、クラブの規模も、放送の形も、すべてが変わった。それでも、イングランドにとって1966年の記憶は残り続けている。
出典:FIFA公式
ボビー・ムーアがトロフィーを掲げた姿。
ウェンブリーの歓声。
「自分たちは世界一になった」という国の記憶。
2026年の選手たちは、その時代を直接知らない。ケインも、ベリンガムも、サカも、生まれるずっと前の話である。それでも、代表のユニフォームを着る限り、1966年は背中にある。
それは、誇りでもあり、重圧でもある。
もし2026年にイングランドが優勝すれば、それは単なる2度目の優勝ではない。60年分の待ち時間が一気にほどける出来事になる。国のサッカー史の見え方が変わる。ケインやベリンガムたちは、1966年の選手たちと並ぶ存在になる。
もちろん、そこまでの道は長い。
クロアチア、ガーナ、パナマとのグループを抜けても、決勝トーナメントには強豪が待っている。フランス、ブラジル、アルゼンチン、スペイン、ポルトガル、ドイツ。世界の頂点を狙う国は多い。
それでも、イングランドには挑むだけの力がある。
白いユニフォームが背負うもの
イングランド代表の白いユニフォームには、不思議な重さがある。
シンプルで、美しい。だが、その白には多くの記憶が染み込んでいる。1966年の歓喜、1990年の涙、1998年の退場、2006年のPK、2018年の夢、2021年のウェンブリー、2022年の外れたPK、2024年の準優勝。
勝利も敗北も、すべてが積み重なっている。
2026年のイングランドは、その白いユニフォームで北米のピッチに立つ。
ケインは未完のエースとして、ベリンガムは新しい中心として、フォーデンやサカは創造性を持つ若い力として、ライスは土台として、トゥヘルは外から来た勝負師として。
このチームは、優勝候補と呼ばれるだろう。
それは当然である。
だが、優勝候補と優勝国は違う。
その差を埋めるために、イングランドはまたワールドカップを戦う。
届きそうで届かない夢の、その先へ
イングランド代表の物語は、いつも少し切ない。
サッカーの母国でありながら、世界一は一度だけ。スターを生み出しながら、最後の一歩で何度も止まる。期待され、歌われ、批判され、それでもまた大会が来るたびに人々は夢を見る。
2026年も、きっと同じである。
だが、今回のイングランドには、夢を見るだけの理由がある。ケインの経験、ベリンガムの存在感、フォーデンとサカの創造性、ライスの安定、そしてトゥヘルの勝負勘。すべてがうまく重なれば、60年ぶりの王冠に手が届いても不思議ではない。
もちろん、ワールドカップは簡単ではない。
クロアチアはしぶとい。ガーナは力強い。パナマも全力で挑んでくる。グループを抜けても、道は険しい。イングランドがまた失望を味わう可能性もある。
それでも、白いユニフォームがピッチに立つと、人はやはり思ってしまう。
今度こそ、なのか。
それとも、また届かないのか。
1966年の王冠は、いまも遠くで光っている。
2026年のイングランド代表は、その光へ向かって、もう一度歩き出す。













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