アルゼンチンが、かろうじて生き残った。
決勝トーナメント第2回戦。相手はエジプトである。前の試合でオーストラリアをPK戦の末に破り、ワールドカップ決勝トーナメント初勝利を手にした国だった。サラーを中心に、ここまで来たこと自体が大きな物語だった。
そのエジプトが、王者アルゼンチンをあと少しのところまで追い詰めた。
スコアは3-2。
勝ったのはアルゼンチンである。
だが、この試合は「アルゼンチンが勝った」とだけ書くには、あまりにも揺れ幅が大きかった。むしろ、終盤までピッチに立っていたのは、敗退に近いアルゼンチンだった。王者の灯は消えかけていた。そこから、信じられないような時間が始まった。
試合は15分に動いた。エジプトが先制する。決めたのはヤセル・イブラヒムである。マルワン・アティアのボールに合わせ、アルゼンチンのゴールを破った。
出典:FIFA公式
早い時間の先制点は、エジプトに勇気を与えた。アルゼンチンはボールを持ち、押し込む時間を作ったが、エジプトは簡単には崩れない。守りながらも、ただ耐えるだけではなかった。奪えば前へ出る。サラーの存在もあり、アルゼンチンの守備陣は常に背後を気にしなければならなかった。
アルゼンチンには、前半に大きな機会があった。21分、リオネル・メッシのPKである。
しかし、これが決まらなかった。
ワールドカップの決勝トーナメントで、メッシがPKを外す。これだけで、試合の空気は大きく変わる。決まっていれば同点。だが決まらなかった。エジプトにとっては、自分たちの夜かもしれないと思わせる場面だった。アルゼンチンにとっては、嫌な予感が少しずつ濃くなる時間だった。
前半は0-1で終わる。
まだ1点差である。王者なら後半に立て直すだろう。そう思って見ていた人も多かったはずである。だが、次に試合を動かしたのもエジプトだった。
67分、モスタファ・ジコが決める。ハイセム・ハッサンのアシストから生まれた一撃だった。スコアは0-2。
この瞬間、アルゼンチンの連覇への道は大きく傾いた。
残り時間はまだあった。だが、ワールドカップの決勝トーナメントで2点を追うことは、簡単ではない。しかも相手は、ここまで集中して守り続けてきたエジプトである。サポーターの声も、どこか不安を帯びていたように感じた。
アルゼンチンは、終わりに向かっているように見えた。
しかし、そこからだった。
79分、クリスティアン・ロメロが決める。メッシのボールに合わせたゴールだった。これで1-2。まだ届くかもしれない。そう思わせるには十分な一点である。
その4分後、83分。今度はメッシ自身が決めた。
2-2。
一度はPKを外した男が、試合を引き戻した。長いキャリアの中で、メッシは何度もアルゼンチンを救ってきた。だが、39歳で迎えたこの大会の決勝トーナメントで、またこういう瞬間を見せるとは思わなかった。
出典:サッカーダイジェストWeb
失敗した選手が、もう一度ボールを持つ。
重圧を背負った選手が、もう一度立ち上がる。
その姿が、試合の空気を変えた。
エジプトにとっては、あまりにも残酷な時間だった。0-2まで行った。王者を追い詰めた。準々決勝への扉に手をかけていた。だが、その扉は突然、重くなった。アルゼンチンの圧力、メッシの存在、スタンドのうねり。それらが一気に押し寄せてきた。
そして90+2分、エンソ・フェルナンデスが決める。ラウタロ・マルティネスのクロスに合わせた決勝点だった。
3-2。
アルゼンチンが、ついにひっくり返した。
0-2から3-2。しかも、終盤のわずかな時間である。王者が強かったというより、王者が最後の最後で倒れることを拒んだ試合だった。きれいな勝利ではない。むしろ、危うさも弱さもさらけ出した。それでも最後に残ったのはアルゼンチンだった。
出典:ちんぱんブログ
試合終盤には、エジプト側に警告や退場も出た。思いが強ければ強いほど、終わり方は荒くなることがある。あと少しで歴史を変えられた。あと少しで王者を倒せた。その感情を、外から簡単に責めることはできない。
エジプトは、勝つつもりで戦っていた。
15分に先制し、67分に2点目を奪い、長い時間アルゼンチンを苦しめた。敗れたからといって、この試合で見せた勇気まで消えるわけではない。オーストラリアをPK戦で破って得た初めての決勝トーナメント勝利。そして王者を0-2まで追い込んだこの夜。エジプトの大会は、誇りを持って語られていい。
サラーのワールドカップも、ここで終わった。
彼もまた、国を背負ってきた選手である。勝てばベスト8。エジプトにとっては、歴史に残る夜になりかけていた。届かなかった悔しさは大きい。だが、彼らがここまで来たこと、そして王者をここまで追い込んだことは、消えない。
アルゼンチンは準々決勝へ進む。次の相手は、スイス対コロンビアの勝者である。連覇への道はまだ続いている。ただし、この試合は警告でもあった。王者であっても、簡単には勝てない。名前だけでは進めない。最後の数分まで、すべてを出し切らなければならない。
それでも、メッシの物語は続いた。
PKを外し、アシストし、同点ゴールを決めた。涙が出てもおかしくない夜だった。終わりかけた夢が、もう一度つながったのである。
エジプトは去る。
アルゼンチンは次へ進む。
3-2。
その数字の中には、王者の底力と、敗者の美しい抵抗が同時に刻まれていた。
ワールドカップは、またひとつ残酷な試合を残した。
消えかけたアルゼンチンの灯は、メッシによってもう一度ともされた。




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