決勝トーナメントには、勝敗だけでは収まりきらない試合がある。
どちらが強かったか。
どちらが試合を支配したか。
どちらが勝つにふさわしかったか。
そういう言葉を並べても、最後の数分で全部が揺らいでしまう。ポルトガル対クロアチアは、まさにそういう試合だった。
結果は、ポルトガル 2-1 クロアチア。
ポルトガルが勝ち抜き、ベスト16へ進んだ。
だが、この試合をただ「ポルトガルが逆転勝ちした」とだけ書くのは難しい。クロアチアは、ほとんど延長戦の入口まで手をかけていた。いや、一度は本当に同点に追いついたように見えた。ネットは揺れ、選手たちは歓喜し、スタンドのクロアチア側も叫んだはずである。
しかし、そのゴールは消えた。
だからこの試合には、ポルトガルの勝利と同じくらい、クロアチアの幻が残っている。
前半は、ポルトガルがボールを持つ時間が長かった。ロナウド、ブルーノ・フェルナンデス、ペドロ・ネトらがゴールへ迫り、クロアチアの守備を揺さぶった。クロアチアは押し込まれる時間もありながら、ドミニク・リヴァコヴィッチを中心に耐えた。
0-0で前半を終える。
決勝トーナメントでは、この0-0にも意味がある。
耐えた側には、まだ試合は生きているという感覚が残る。攻めた側には、決めきれなかった重さが残る。
そして後半、先に扉を開いたのはクロアチアだった。
53分、イヴァン・ペリシッチ。
右からのクロスに反応し、最後は冷静にゴールへ流し込んだ。
出典:FIFA公式
クロアチアが1-0と先制する。
この瞬間、試合の空気は大きく変わった。ポルトガルが攻め、クロアチアが耐えるだけの試合ではなくなった。クロアチアは、リードを持ってポルトガルと向き合える立場になったのである。
ペリシッチのゴールには、クロアチアらしさがあった。
若い勢いだけではない。経験がある。大舞台を知っている選手が、ここぞという場面で仕事をする。クロアチアという国は、近年のワールドカップで何度もそういう姿を見せてきた。2018年の決勝、2022年のベスト4。その記憶は、まだこのチームの背中にあった。
だが、ポルトガルにもクリスティアーノ・ロナウドがいた。
68分、VAR確認を経てポルトガルにPKが与えられる。
キッカーはロナウド。
ここで決めるか、外すか。
その一蹴に、試合だけでなく、彼自身の長いワールドカップの物語まで乗っていたように見えた。
ロナウドは決めた。
1-1。
出典:サッカーダイジェストWeb
ワールドカップの決勝トーナメントでのロナウドのゴール。これまで何度も世界の舞台に立ちながら、ノックアウトラウンドではなかなか届かなかった得点である。41歳になってもなお、彼はまだこの場所に立ち、国の命をつなぐPKを蹴っている。そこには、技術や記録だけではない、時間の重みがあった。
試合は再び振り出しに戻った。
1-1のまま終盤へ向かう。
延長戦が見えてくる。
両国の選手の足は重くなり、スタンドの声も少しずつ祈りに近づいていく。
このまま30分追加されるのか。
あるいは、90分のうちに誰かが決めるのか。
その答えを出したのは、ゴンサロ・ラモスだった。
90+4分。
ラファエル・レオンのボールに、ラモスが合わせる。
ポルトガルが2-1と勝ち越した。
この時間のゴールは、あまりにも大きい。延長戦へ向かうはずだった試合が、ポルトガルの勝利へ急に傾いた。ラモスは途中出場で、求められた仕事を最後に果たした。ワールドカップの決勝トーナメントで、途中から入った選手がアディショナルタイムに決勝点を決める。これほど分かりやすい劇的な場面もない。
ポルトガルの選手たちは、勝利をつかんだと思っただろう。
だが、クロアチアはまだ終わっていなかった。
アディショナルタイムは長かった。
試合は90+10分を越えても続いた。クロアチアは最後の力を振り絞り、左サイドからペリシッチがボールを入れる。ゴール前には選手が密集し、ポルトガルの守備も混乱した。
ボールは人の間を抜け、最後にヨシュコ・グバルディオルの前へこぼれる。
グバルディオルが至近距離から決める。
ネットが揺れる。
クロアチアは、2-2に追いついたかに見えた。
あの瞬間、延長戦の扉は開いたように見えたはずである。クロアチアの選手たちは歓喜し、ポルトガルの選手たちは言葉を失っただろう。ラモスの決勝点で終わるはずだった試合が、また振り出しに戻る。そんな劇的な結末が、目の前に現れたように見えた。
しかし、VARが入った。
長い確認の時間が流れる。
主審がモニターへ向かう。
スタジアムの空気が止まる。
問題になったのは、その前のわずかな接触だった。クロアチアのイゴール・マタノビッチが、ゴール前でボールにごく微かに触れていた。その瞬間、マリオ・パシャリッチがオフサイドポジションにいたと判断された。ポルトガルのレナト・ベイガにもボールは当たっていたが、それは意図的なプレーではなく、ディフレクションと見なされた。
つまり、最後の基準になるのは、マタノビッチの微細なタッチだった。
ここで注目されたのが、公式球に搭載されたコネクテッド・ボール・テクノロジーである。
出典:CIRCUIT DIGEST
通常の映像では判別しにくいほどの接触を、ボール内部のセンサーが検知したと報じられている。人間の目には、触ったのか触っていないのか分からない。だが、技術は触ったと示した。
そして、ゴールは取り消された。
2-2ではない。
ポルトガル 2-1 クロアチアのまま。
クロアチアにとって、これほど残酷な判定はない。
もちろん、ルール上の判断としては説明がつく。オフサイドはオフサイドである。微細な接触であっても、味方選手が触れたと判断され、その瞬間にオフサイドポジションの選手がプレーに関われば、ゴールは認められない。
だが、感情はそれだけでは収まらない。
クロアチアの選手、スタッフ、サポーターが強い不満を抱いたのも無理はない。歓喜した直後に、テクノロジーによってその歓喜を奪われる。しかも、それが肉眼では分かりにくいほどの接触である。判定が正しいかどうかとは別に、受け入れるにはあまりに苦い瞬間だった。
出典:independent.co.uk/
試合後、クロアチアのズラトコ・ダリッチ監督は判定への不満を語りながらも、それを敗戦の言い訳にはしないという姿勢も示している。クロアチアは前半に苦しみ、もっと早く試合を決めることもできたかもしれない。だからこそ、この敗戦はさらに複雑である。
クロアチアは去る。
モドリッチにとって、これが最後のワールドカップになるかもしれない。ペリシッチが決め、チームは最後まで追いすがり、グバルディオルの幻の同点弾までたどり着いた。それでも、次へ進むことはできなかった。
2018年の決勝、2022年のベスト4。
クロアチアは小国という言葉では収まりきらない存在感を、長くワールドカップに刻んできた。今回も、最後の最後まで粘った。敗れたからといって、その歩みまで消えるわけではない。
だが、終わり方はあまりに痛い。
ポルトガルは生き残った。
ロナウドのPK、ラモスの決勝点、そして最後のVAR。
勝利には、安堵の色が濃かったはずである。胸を張って勝ったと言える部分もあるが、同時に、ぎりぎりで命を救われたような感覚もあったかもしれない。
次の相手はスペインである。
ポルトガル対スペイン。
それだけで、次の試合の重みは十分である。スペインはオーストリアを3-0で下し、無失点のまま勝ち上がってきた。ポルトガルはクロアチアとの激闘を越え、隣国との大一番へ進む。
だが、その前に、この試合の余韻は簡単には消えない。
ポルトガルは勝った。
クロアチアは敗れた。
スコアは2-1である。
しかし、記憶に残るのは、最後に一度だけ2-2になったように見えた瞬間である。グバルディオルが決め、クロアチアが叫び、ポルトガルが凍りつき、そしてVARがすべてを戻した。
サッカーは、技術によって正確になっていく。
それは必要な進化なのだろう。
けれど、正確であることと、すぐに受け入れられることは同じではない。クロアチアにとって、この夜は長く残るはずである。ポルトガルにとっても、ただの勝利ではない。生き残ったという感覚の方が近いかもしれない。
決勝トーナメントは、勝者だけを次へ進ませる。
この夜、次へ進んだのはポルトガルだった。
だが、試合後の空気の中には、クロアチアの幻の同点弾が、しばらく消えずに漂っていた。





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