決勝トーナメントの怖さは、試合が終わるまで何も決まらないところにある。
勝っているように見える時間がある。
負けているように見える時間もある。
だが、最後の笛が鳴るまでは、どちらの物語もまだ閉じていない。
オランダ対モロッコは、まさにそういう試合だった。
結果は、オランダ 1-1 モロッコ。
延長120分でも決着はつかず、PK戦は2-3。
勝ち抜いたのは、モロッコである。
オランダはグループFを首位で突破してきた。日本と同じ組で戦い、日本とは2-2で引き分けたチームである。あの試合でも、オランダには強さと危うさが同居していた。攻撃の厚み、個人の力、試合を動かす力はある。だが、相手に食い下がられたとき、どこか試合を完全には閉じ切れないところも見えた。
そのオランダの前に立ったのが、モロッコだった。
モロッコはグループCを2位で通過してきた。ブラジルが首位に立った組で、モロッコもまた、簡単ではない道を抜けてきたチームである。2022年大会で世界を驚かせた記憶もある。アフリカ勢、アラブ世界の代表というだけではなく、もう世界大会の決勝トーナメントで堂々と勝負する国になっている。
試合は、互いに譲らない時間が長かった。
モロッコは前半から鋭さを見せ、オランダのGKバルト・フェルブルッヘンが好守でしのぐ場面もあった。オランダはボールを持ちながら、なかなか試合を自分たちだけのものにはできない。決勝トーナメントらしく、少しの隙が命取りになる空気が漂っていた。
出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN
スコアが動いたのは後半72分だった。
オランダのコーディ・ガクポが決めた。
この一撃で、オランダが先に扉へ手をかけた。グループリーグを首位で抜けたチームが、苦しい試合でも最後は勝ち切る。そんな流れに見えた時間である。
1-0のまま時計が進む。
モロッコにとっては、ワールドカップが終わりに近づいていく時間だった。
決勝トーナメントでリードされて迎える終盤ほど、重いものはない。焦れば雑になる。急げば隙も出る。それでも、攻めなければ終わってしまう。見ている側にも、もう間に合わないのではないかという空気が流れ始める。
だが、モロッコは間に合わせた。
後半アディショナルタイム、イッサ・ディオプがヘディングで同点ゴールを決めた。
オランダが閉めかけた扉に、モロッコが体ごと飛び込んだようなゴールだった。
この時間帯の同点弾は、単なる1点ではない。
負けていたチームの命をつなぐ1点であり、勝っていたチームの足元を揺らす1点である。オランダにとっては、勝利目前でつかんでいたものが手から滑り落ちたような瞬間だっただろう。モロッコにとっては、まだ自分たちの大会は終わっていないと叫ぶような時間だった。
試合は延長へ入った。
延長戦は、サッカーの中でも特に静かに苦しい時間である。
足は重い。頭も重い。だが、ミスは許されない。90分で終わらなかった試合は、選手たちにもう30分の覚悟を求める。
オランダは立て直そうとした。
モロッコは勢いのまま押し切ろうとした。
どちらにもチャンスがあり、どちらにも不安があった。
だが、ゴールは生まれなかった。
そして、PK戦である。
ドイツ対パラグアイに続き、この日またしても決勝トーナメントの試合はPK戦へ向かった。120分を戦ったあと、最後はひとりずつボールを置く。そこには戦術も流れもあるが、最後にはどうしても人間の心が出る。
蹴る者の孤独。
止める者の集中。
見守る仲間の祈り。
そして、スタンドの沈黙。
PK戦でモロッコを支えたのは、やはりヤシン・ブヌだった。大舞台のPK戦で存在感を見せるGKがいると、チーム全体の表情が変わる。オランダのキックが決まらず、あるいは止められるたびに、試合の重心は少しずつモロッコへ傾いていった。
最後に決めたのは、イスマエル・サイバリだった。
PK戦3-2。
モロッコが勝った。
出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN
選手たちは抱き合い、叫び、スタンドは赤く揺れたはずである。モロッコにとって、この勝利はただの番狂わせではない。グループリーグから続いてきた道を、自分たちの力でさらに一歩伸ばした勝利である。先制され、終盤に追いつき、延長を耐え、PK戦で勝つ。決勝トーナメントで勝ち上がるために必要なものを、すべて出し切ったような試合だった。
次の相手はカナダである。
カナダもまた、南アフリカを90+2分のゴールで下して勝ち上がってきた。終盤に勝負を決めたカナダと、終盤に追いついてPK戦を制したモロッコ。どちらも、最後まで試合を手放さなかった国である。次の一戦も、簡単には終わらないだろう。
一方で、オランダはここで大会を去る。
日本と同じグループを首位で突破し、決勝トーナメントへ進んだオランダが、ここで消える。ワールドカップの厳しさである。グループリーグでどれだけ安定していても、決勝トーナメントでは一度の綻びが終わりに直結する。
ガクポのゴールで勝利は近づいていた。
だが、アディショナルタイムに追いつかれ、延長でも決め切れず、PK戦で敗れた。
出典:FOOTBALL ZONE
この敗退は重い。
しかし、オランダの選手たちを軽く責めることもできない。120分を戦い、PK戦まで行った。蹴った選手も、止められた選手も、逃げたわけではない。あの距離からゴールへ向かって蹴ることが、どれだけ重いかは、外から見ている者には本当のところわからない。
勝者は前へ進み、敗者は去る。
その単純な仕組みの中に、どれだけ多くの感情が詰まっているのか。決勝トーナメントを見るたびに、それを思い知らされる。
モロッコは、後半アディショナルタイムに命をつなぎ、PK戦でオランダを越えた。
オランダは、あと少しでつかめた勝利を失い、大会を去った。
1-1という数字の奥に、終わらない粘りと、終わってしまった物語が並んでいる。
この試合の余韻は、PK戦の歓声よりも、むしろその静かな対比の中に残る。




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