PK戦の向こうへ、パラグアイがドイツを越えた

決勝トーナメントには、ときどき大会全体の空気を変えてしまう試合がある。

強い国が順当に勝つ試合もある。優勝候補が苦しみながらも、最後は力で押し切る試合もある。だが、このドイツ対パラグアイは、そうではなかった。

ドイツ 1-1 パラグアイ。
延長120分でも決着はつかず、PK戦は3-4。
勝ったのは、パラグアイだった。

ワールドカップでドイツがPK戦に敗れる。
それだけで、ひとつの時代の感覚が揺らぐ。ドイツといえば、勝負強さである。大舞台で崩れない国である。PK戦になれば、最後はドイツが勝つ。そんな印象を持っている人も多かったはずだ。

だが、決勝トーナメントは過去の印象だけでは勝てない。

パラグアイは、グループDを3位で抜けてきたチームである。アメリカ、オーストラリア、トルコと同じ組を戦い、決して楽な道ではなかった。3位通過という立場は、どこか拾われたように見られることもある。だが、決勝トーナメントに入れば、肩書きは消える。そこにいる以上、勝つ資格がある。

そのことを、パラグアイはドイツに突きつけた。

試合はドイツがボールを持つ時間の長い展開だった。パスをつなぎ、押し込み、試合を自分たちのものにしようとした。グループEを首位で突破したドイツらしく、試合の主導権を握ろうとする姿勢ははっきりしていた。

しかし、先に点を取ったのはパラグアイだった。

出典:FIFA公式

前半42分、フリオ・エンシソが決めた。
ドイツが支配しているように見える試合で、パラグアイが一瞬をものにする。ワールドカップの決勝トーナメントでは、こういう1点が重い。押しているかどうかより、決めたかどうかが先に来る。ドイツは試合を動かしているようで、スコアでは追いかける側になった。

それでも、ドイツは簡単には終わらない。

後半56分、カイ・ハヴァーツが同点ゴールを決めた。
ここで1-1。ドイツにとっては、ようやく試合を引き戻した時間だった。ここから押し切るのではないか。そう思わせるだけの名前と歴史が、ドイツにはある。

出典:スポニチ

だが、パラグアイは倒れなかった。

守る時間が長くなっても、最後のところで踏みとどまった。GKオルランド・ヒルは、通常の時間でも、延長でも、そして最後のPK戦でも、この試合の中心にいた。守備の選手たちも、ドイツの圧力を受け続けながら、試合を壊さなかった。1-1のまま時計が進むほど、スタジアムの空気は少しずつ変わっていったのではないか。

延長戦に入ると、決勝トーナメントの重みはいよいよ濃くなる。

もう一度点を取れば、次へ進める。
ひとつのミスで、4年間が終わる。
足は重くなり、判断は遅れ、観客の声も遠くなる。そこにVARが絡むと、時間そのものが止まったようになる。

延長101分、ドイツのジョナタン・ターがネットを揺らした。
一度は、ドイツが勝ち越したかに見えた。しかし、VARの確認の末にゴールは認められなかった。パラグアイのGKヒルへの妨害があったという判定だった。

この瞬間、ドイツの選手にも、パラグアイの選手にも、まったく違う種類の感情が流れたはずである。

ドイツにとっては、つかんだと思った扉が閉じられた時間。
パラグアイにとっては、まだ自分たちは生きていると知らされた時間。

そこから試合は、PK戦へ向かった。

PK戦は、サッカーの中でも特に残酷な形式である。
チームスポーツでありながら、最後はひとりの足元に視線が集まる。成功すれば歓声が降り、失敗すれば沈黙が残る。だが、そこに至るまでの120分を忘れてはいけない。PK戦だけで勝者と敗者が決まるように見えて、本当はその前の粘りも、消耗も、耐えた時間もすべて積み重なっている。

そのPK戦で、パラグアイのGKヒルが輝いた。

2本を止めた。
ドイツの選手たちが外し、あるいは止められるたびに、長く信じられてきた「ドイツの勝負強さ」が少しずつ揺らいでいった。最後にホセ・カナレが決め、パラグアイが4-3でPK戦を制した。

パラグアイの選手たちは、ただ勝ったのではない。
ドイツを相手に、120分を耐え、PK戦で越えたのである。

出典:東京新聞

パラグアイにとっては、ベスト16進出である。3位通過から始まった決勝トーナメントの道が、強豪ドイツを倒すという形で続いた。次の相手は、フランス対スウェーデンの勝者である。どちらが来ても厳しい。だが、ドイツを倒したあとに、もう怖いものがないように見える瞬間というのは、確かにある。

一方で、ドイツはここで大会を去る。

グループ首位通過からの敗退である。しかも、PK戦での敗退である。ドイツにとっては、受け入れるのに時間のかかる夜だったに違いない。ボールを持ち、チャンスを作り、延長では勝ち越したかに見えた。それでも、結果は敗退だった。

出典:読売新聞

サッカーは、支配した時間の長さだけでは勝てない。

だからといって、ドイツを簡単に断罪する気にはなれない。選手たちは勝つつもりで戦っていた。PKを蹴った選手たちも、逃げたわけではない。あの場面でボールを置き、助走を取り、ゴールに向かって蹴る。その重さは、外から見ているだけの者が軽く語ってよいものではない。

勝者の歓喜と、敗者の沈黙が並ぶ。
それが決勝トーナメントである。

パラグアイは泣き、叫び、抱き合っただろう。
ドイツは立ち尽くし、あるいは顔を覆っただろう。

1-1というスコアは、試合そのものが均衡していたことを示している。だが、PK戦の先に進めるのは一方だけである。ドイツの大会はここで終わり、パラグアイの物語はもう一試合続く。

決勝トーナメントは、強い国のためだけにあるわけではない。
耐えた国、信じた国、最後の一蹴を決めた国にも、扉は開く。

この夜、その扉を開いたのはパラグアイだった。

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