欠けた三人が揃うとき――『鍵のかかった部屋』のチーム設計

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感情で動かない探偵

名探偵には、たいてい動機がある。正義感、使命感、あるいは個人的な執着。エルキュール・ポワロは秩序への信念から動き、コロンボは被害者への共感を隠しながら追い詰める。しかし榎本径(大野智)は、そのどちらでもない。

彼は大手警備会社の備品倉庫にこもり、鍵と密室の研究に没頭する防犯コンサルタントだ。無表情で口数が少なく、感情的な反応をほとんど見せない。「この世に破れない密室はない」と静かに言うとき、その言葉に正義の色はなく、ただ技術的な自信がある。

物語が動き出すのは、若手弁護士の青砥純子(戸田恵梨香)と彼女の上司・芹沢豪(佐藤浩市)が、ある密室殺人の解明を榎本に依頼したことがきっかけだ。葬儀会社の社長が山荘の密室で遺体となって発見され、警察は自殺と断定したが、遺言状の内容に不審を抱いた関係者が芹沢の事務所を頼った。

榎本は現場に立ち、被害者への感情も犯人への怒りも見せないまま、密室の構造だけを分析する。そして「密室は、破れました」と宣言する。

榎本の推理は毎回、誰かを救う。しかし彼が「救いたい」から動いているわけではない。「密室に興味がある」から動く。結果として人が救われる。その構造は、倫理の問いを意図的に宙吊りにする。

芹沢豪という鏡

原作である貴志祐介の『防犯探偵・榎本シリーズ』に、芹沢豪は存在しない。彼はドラマのために創られたオリジナルキャラクターだ。この事実は、脚本の戦略を物語っている。

芹沢は企業法務を専門とするエリート弁護士で、合理主義者を自称する。金にならない刑事事件には露骨に興味を示さず、短気で見栄っ張りで、危険な場面では真っ先に逃げようとする。

しかし結局は毎回、知的好奇心か保身か見栄かで最後まで関わってしまう。コメディリリーフとしての役割を担いながら、実は物語の構造上きわめて重要な機能を果たしている。

芹沢がいなければ、榎本の異常さが浮き彫りにならない。

視聴者は芹沢の目を通して榎本を見る。凄惨な事件現場で榎本が感情ひとつ動かさず死体の前に立ち、密室の構造を分析し始めるとき、芹沢の戸惑いや怖気が映像に滲む。その反応が鏡として機能し、榎本という人物の「普通ではなさ」を際立たせる。芹沢がいるから、榎本の無感情が異質に見える。

さらに芹沢には、法の側にいる者としての輪郭が明確だ。弁護士として、証拠と手続きと依頼人の利益の枠内で動く。その輪郭のはっきりしたキャラクターを横に置くことで、榎本が法と犯罪のあいだに立っているという事実が、より鮮明になる。

噛み合わない三人が解く密室

出典:www.amazon.co.jp

純子・芹沢・榎本は、それぞれ異なる論理で動く。

純子は正義感の人だ。被害者のために、真実のために動く。感情的に事件に巻き込まれ、時に無謀な行動をとる。芹沢は実利の人だ。依頼人の利益、事務所の評判、そして自分の保身。利害が絡まないと本気を出さない。榎本は……どちらでもない。密室の論理だけに従う。

この三者は噛み合わない。純子が感情で押し切ろうとすると、芹沢が実利の計算でブレーキをかけ、榎本は二人のやりとりを眺めながら密室の模型を手に取る。会話の温度がばらばらで、三人がひとつの目的に向かっているとは思えない場面が続く。しかしその「噛み合わなさ」こそが、事件を解くための機能的な布陣になっている。

純子の感情が被害者遺族から情報を引き出し、芹沢の社会的なネットワークが法律上の接点を開き、榎本の技術が密室を破る。三者の動機がそれぞれ別だから、どの角度からも事件に近づける。

出典:シネマカフェ cinemacafe.net

最終回(第10・11話)、この非対称性が一度だけ正面から衝突する。介護サービス会社の社長が厳重な密室で殺害され、榎本は過去にその社長宅のセキュリティを担当していたとして警察に連行される。密室を解く者が、密室を作った者として疑われる。

純子は感情的に榎本の無実を信じ、芹沢は弁護士として冷静に動く。榎本自身は……やはり感情を見せない。

事件は解決され、真犯人は自首する。しかしその直後、押収されたはずのダイヤモンド約1億円分がジルコニアの偽物にすり替えられていたことが発覚し、榎本は姿を消す。空港から電話をかけ、「臨時収入があったので海外旅行に行く」と静かに笑う。純子は戸惑い、芹沢は絶句する。榎本だけが笑う。


2014年1月のスペシャル版はその7ヶ月後から始まる。榎本がいない日常が描かれ、純子と芹沢はそれぞれの仕事に戻っている。三人の非対称な関係の輪郭が、不在によってより明確になる。証券会社の会長が密室で撲殺され、二人が事件に巻き込まれる中で純子は偶然に榎本と再会する。

再会は劇的でない。彼はただそこにいる。

スペシャルの幕切れも本編の反復だ。事件が解決された後、榎本は防犯ショップの客に「ピッキングに効果的、痕跡は残らない」と鍵の扱いを説明し、代金を数えてニヤリとする。芹沢も純子も画面にいない。榎本だけがそこにいて、相変わらず法と犯罪のあいだに立っている。

この三人組の設計が巧みなのは、誰もヒーローになりきれない点だ。

正義感の純子は感情的すぎて一人では動けない。
合理主義の芹沢は利害が絡まないと本気を出さない。
技術の榎本は善意がない。

三者がそれぞれ欠けているからこそ、組み合わさったときに機能する。そしてその中心にいる榎本が、感情で動かない名探偵であるという事実が、物語に固有の奇妙な余韻を残す。

出典:TVer

主題歌『Face Down』の一節がこの三人組の核心をすべて言い表している。「君は摩訶不思議 素顔見せないままescape」。それは榎本への言葉でもあり、この奇妙なチームへの問いでもある。

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