前回は、グループLの3か国目としてガーナ代表を見た。
ブラックスターズ。2010年南アフリカ大会で、アフリカ勢初のベスト4にあと一歩まで迫った国である。ガーナの物語には、黒い星の誇りと、もう一度あの準々決勝の先へ進みたいという静かな願いがあった。
そして、ワールドカップ2026出場国紹介シリーズの最後に登場するのが、パナマ代表である。
第1回のメキシコ代表から始まり、ここまで47チームを見てきた。優勝経験国があり、初出場国があり、半世紀ぶりに戻ってくる国があり、まだ頂点に届いていない強豪があった。その最後に置かれているのが、パナマというのも、どこかワールドカップらしい。
パナマは、世界のサッカー地図で言えば大国ではない。
だが、この国には2018年ロシア大会で初めてワールドカップに出た記憶がある。イングランドに大敗しながらも、フェリペ・バロイが決めたワールドカップ初ゴールに国中が沸いた記憶がある。
そして2026年、パナマは再び世界の舞台に戻ってくる。
一度目は夢の実現だった。
二度目は、その夢を少しだけ先へ進めるための大会になる。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国名 | パナマ共和国 |
| 大陸連盟 | CONCACAF |
| 代表愛称 | ロス・カナレロス、ラ・マレア・ロハ |
| 監督 | トーマス・クリスチャンセン |
| 主な選手 | アニバル・ゴドイ、アダルベルト・カラスキージャ、アミル・ムリージョ、ヨエル・バルセナス、フィデル・エスコバル、オルランド・モスケラ、ホセ・ファハルド |
| ワールドカップ出場 | 2回目 |
| 前回出場 | 2018年ロシア大会 |
| 最高成績 | グループステージ |
| 主な国際実績 | CONCACAFゴールドカップ準優勝 |
| 2026年大会 | グループL |
| グループLの相手 | ガーナ、クロアチア、イングランド |
運河の国のサッカー
パナマと聞けば、多くの人がまずパナマ運河を思い浮かべるだろう。
出典:朝日新聞GLOBE+
大西洋と太平洋を結ぶ、世界の物流の要所。国土は大きくないが、地理的には非常に重要な場所にある。中米と南米のつなぎ目にあり、海と海を結ぶ国。それがパナマである。
この国のサッカーにも、どこか「つなぐ」感じがある。
北中米カリブ海のサッカー文化の中にありながら、南米にも近い。身体能力、粘り強さ、球際の激しさ、そして時折見せる技術的なひらめき。サッカー大国のように世界的スターを何人も生み出してきたわけではないが、代表チームとしてのまとまりがある。
愛称のロス・カナレロスは、運河の人々という意味を持つ。パナマという国をそのまま背負った呼び名である。もうひとつのラ・マレア・ロハは、赤い潮流。赤いユニフォームとサポーターの熱を思わせる名前だ。
この二つの愛称だけでも、パナマ代表の雰囲気が少し伝わってくる。
国の象徴である運河。
そして、赤くうねる応援の波。
パナマ代表は、決して派手な強豪ではない。だが、国の輪郭がそのまま見えるようなチームである。
2018年、初めて世界へ出た日
出典:FIFA公式
パナマ代表にとって、最も大きな記憶は2018年ロシア大会である。
この大会が、パナマにとって初めてのワールドカップだった。
ワールドカップ初出場という言葉には、特別な響きがある。出場が決まった瞬間、国中が喜びに包まれる。サッカーをよく知らない人でも、国の名前が世界の舞台に出ることに胸を躍らせる。初出場国には、そういう空気がある。
パナマもそうだった。
2018年大会のグループでは、ベルギー、イングランド、チュニジアと対戦した。相手は厳しかった。ベルギーは世界的なスターを抱える強豪であり、イングランドも優勝候補の一角だった。結果として、パナマは3戦全敗で大会を終えた。
だが、それでも2018年のパナマは忘れられない。
特にイングランド戦である。
スコアだけを見れば、パナマにとって苦しい試合だった。大量失点を喫し、世界との差を感じる試合でもあった。だが、その試合でフェリペ・バロイがゴールを決めた。
出典:FIFA公式
パナマにとって、ワールドカップ初ゴールである。
その瞬間、スタンドのパナマサポーターは大きく沸いた。テレビの前の国民も、きっと同じだったはずだ。試合には大差で敗れていた。それでも、国として初めてワールドカップでゴールを決めたという事実は、消えない。
サッカーには、勝敗だけでは測れない瞬間がある。
パナマの2018年は、まさにそういう大会だった。勝てなかった。突破もできなかった。だが、国のサッカー史に初めてのページを書いた。
大敗の中に残った初ゴール
普通なら、大敗した試合は忘れたいものかもしれない。
だが、パナマにとってイングランド戦の初ゴールは違う。あのゴールは、試合の流れを変える得点ではなかった。勝利に直結する得点でもなかった。けれど、国にとっては歴史そのものだった。
ゴールを決めたフェリペ・バロイは、ベテランだった。
長く代表を支えてきた選手が、初出場のワールドカップで、国の初ゴールを決める。これ以上ないほど物語性がある。若いスターが鮮やかに決めたゴールとは違う。年月を重ねた選手が、国の夢の中で一瞬だけ主役になる。
その光景が、パナマのワールドカップ史の始まりになった。
ワールドカップという大会は、優勝国や得点王だけのものではない。時に、グループステージで敗れた国のひとつのゴールが、人々の記憶に残ることがある。
パナマの初ゴールは、その種類の記憶である。
2026年大会でパナマが再びイングランドと同じグループに入ったことには、不思議な縁を感じる。あの初ゴールを許した相手と、また世界の舞台で対戦する。もちろん、今回は同じような大敗で終わるつもりはないだろう。
2018年の記憶は、ただの懐かしさではない。
2026年に向けた宿題でもある。
クリスチャンセン体制で積み上げたもの
出典:FIFA公式
現在のパナマを率いるのは、トーマス・クリスチャンセン監督である。
2020年からチームを率い、パナマ代表を少しずつ成熟させてきた。彼のもとで、パナマはただ勢いだけのチームではなく、組織的に戦うチームへと変わってきた。
守備の整理、切り替えの速さ、試合ごとの現実的な戦い方。パナマは強豪相手に真っ向から打ち合うのではなく、まず試合を壊さないことを大切にする。粘り強く守り、前へ出られる時に出る。セットプレーやカウンターでチャンスを作る。
これは、ワールドカップのような大会ではとても大事である。
2018年大会のパナマは、初出場の喜びと同時に、世界との差を強く感じた。2026年のパナマは、その経験を踏まえて戻ってくる。前回とは違う姿を見せたいという思いは強いはずだ。
CONCACAF予選では、3次ラウンドのグループAを首位で突破し、本大会出場を決めた。これは、単なる出場枠拡大の恩恵だけではない。近年のパナマが、地域の中で力をつけてきた証でもある。
ゴールドカップでも準優勝を経験し、コパ・アメリカでも存在感を示した。パナマは、もう「初出場の記念参加国」ではない。北中米カリブ海地域の中で、しっかりと競争力を持つ国になっている。
ゴドイとカラスキージャ、チームの軸
出典:FIFA公式
2026年のパナマ代表で中心になるのは、アニバル・ゴドイとアダルベルト・カラスキージャである。
ゴドイは、経験豊かな中盤の選手であり、代表の主将である。長くパナマ代表を支えてきた人物で、2018年のワールドカップも知っている。こうした選手がいることは、2度目の大会に臨むチームにとって大きい。
初出場国には勢いがある。
だが、2度目の出場国には経験が必要になる。
ゴドイは、その経験を持っている。苦しい時間にチームを落ち着かせる。相手に押し込まれた時に声を出す。試合の流れを読んで、無理をしない判断をする。そうした部分が、パナマには必要になる。
そしてカラスキージャである。
彼は、パナマの中盤で違いを作れる選手だ。ボールを運び、パスを出し、攻撃のリズムを作る。強豪相手に守る時間が長くなっても、奪った後にボールを前へ進められる選手がいるかどうかは大きい。
カラスキージャがどれだけボールを持てるか。
彼を起点に、どれだけ前線へ運べるか。
そこが、パナマの攻撃の鍵になる。
2018年を知る選手たちと、新しい力
2026年のパナマには、2018年大会を経験した選手たちが残っている。
アミル・ムリージョ、ヨエル・バルセナス、フィデル・エスコバル、アニバル・ゴドイ。彼らは、ロシアで世界の厳しさを知った世代である。
これは大きい。
ワールドカップは、テレビで見るのと実際にピッチに立つのとではまったく違う。相手の速さ、圧力、スタジアムの空気、世界中の視線。初めて経験する時には、それだけで飲み込まれてしまうことがある。
だが、一度経験した選手がいると、チームは少し落ち着く。
「この舞台はこういうものだ」と伝えられる選手がいる。大差で敗れた悔しさを知っている選手がいる。初ゴールの喜びを知っている選手がいる。そうした記憶は、若い選手にとって財産になる。
一方で、新しい力も必要である。
ホセ・ファハルド、イスマエル・ディアス、セシリオ・ウォーターマンら前線の選手たちが、どれだけゴールに近づけるか。オルランド・モスケラがゴールを守り、守備陣がどれだけ耐えられるか。
パナマはスターの名前で相手を圧倒するチームではない。だからこそ、チーム全体で戦う必要がある。
グループLでの立ち位置
パナマが入ったグループLには、イングランド、クロアチア、ガーナがいる。
正直に言えば、パナマはこのグループで最も厳しい立場にいるだろう。
イングランドは優勝候補である。ケイン、ベリンガム、フォーデン、サカらを抱え、トゥヘル監督のもとで60年ぶりの世界一を目指している。

クロアチアは、2018年準優勝、2022年3位の大会巧者である。モドリッチの時代の余韻と、グヴァルディオルたち次世代の力を持つ。ワールドカップで勝ち方を知る国だ。

ガーナは、2010年にアフリカの夢にあと一歩まで迫ったブラックスターズである。クドゥス不在という痛手はあるが、セメニョ、イニャキ、パーティ、アイェウら力のある選手を持つ。

その中で、パナマがどう戦うのか。
まず大事なのは、初戦のガーナ戦である。
ここで勝ち点を取れるかどうかが、パナマの大会の空気を大きく変える。ガーナは強いが、イングランドやクロアチアに比べれば、現実的に勝ち点を狙いたい相手でもある。もちろん簡単ではない。アフリカ勢の身体能力、前線のスピード、中盤の強さに苦しむ時間もあるだろう。
だが、パナマとしては、ここで受け身になりすぎずに戦いたい。
次はクロアチア戦。相手は試合巧者である。ボールを握られ、焦らされ、少しずつ隙を突かれる可能性がある。パナマは集中力を切らさず、セットプレーやカウンターに活路を見出したい。
そして最後がイングランド戦である。
2018年に大敗した相手との再戦。あの時とは違う姿を見せることが、パナマにとって大きな意味を持つ。勝つことは難しいかもしれない。だが、試合内容で成長を示すことはできる。ゴールを奪うことも、勝ち点を狙うことも、ゼロではない。
ワールドカップでは、そういう「ゼロではない可能性」に国が夢を見る。
二度目だからこその目標
初出場の時は、出るだけで大きな意味がある。
だが、二度目は少し違う。
もちろん、本大会に戻ってきたこと自体が素晴らしい。パナマのような国にとって、ワールドカップ出場は簡単なことではない。だが、一度出た国は、次に出る時、自然とこう思う。
前より良く戦いたい。
勝ち点を取りたい。
できれば、初勝利がほしい。
さらに言えば、グループを突破したい。
パナマもそうだろう。
2018年は、初ゴールが大きな記憶になった。2026年は、次の記憶を作りたい。初勝利なのか、初の勝ち点なのか、初の決勝トーナメント進出なのか。それはまだ分からない。
だが、目標は前回より少し先にある。
パナマ代表の成長は、派手なものではないかもしれない。けれど、少しずつ積み上がっている。地域大会で経験を積み、予選を首位で突破し、2018年を知る選手と新しい世代が混ざる。
これは、二度目のワールドカップにふさわしい姿である。
ラ・マレア・ロハの声
パナマ代表には、ラ・マレア・ロハというサポーターの存在がある。
赤い潮流。
この名前は美しい。
小さな国のサポーターが、赤いユニフォームを着てスタンドを埋める。旗を振り、歌い、選手を後押しする。ワールドカップの会場で、そうした光景を見るのは楽しい。
出典:サッカーダイジェストWeb
2026年大会は、アメリカ、カナダ、メキシコで開催される。パナマにとっては、ロシアよりもずっと近い大会である。多くのサポーターがスタジアムへ駆けつける可能性もある。
これは大きな力になる。
ワールドカップでは、サポーターの声が選手を動かすことがある。苦しい時間に足を一歩出させる。失点しても顔を上げさせる。相手が強くても、国が後ろにいると感じさせる。
パナマの選手たちは、きっとその赤い波を背に戦う。
大国の巨大なサポーター集団とは違うかもしれない。だが、小さな国だからこそ、ひとつひとつの声が近く感じられる。パナマ代表には、そういう温度がある。
最後の一国として
このシリーズでは、48か国を一つずつ見てきた。
優勝候補もいた。初出場国もいた。何十年ぶりに戻ってくる国もいた。すでに王冠を持つ国も、まだ一度も届いていない国もいた。国の数だけ、ワールドカップへの向かい方があった。
最後の一国がパナマであることには、少し静かな意味を感じる。
パナマは、世界の頂点を狙う最有力候補ではない。おそらく多くの予想では、グループLの中で苦しい立場に置かれるだろう。だが、ワールドカップは優勝候補だけでできている大会ではない。
パナマのような国があるから、世界は広く見える。
初めて出た2018年。初ゴールに沸いた国民。そこから8年後、もう一度戻ってくる代表。赤い潮流のサポーター。運河の国が、北米のピッチで強豪たちに挑む。
それもまた、ワールドカップの大切な風景である。
二度目の扉の向こうへ
出典:FIFA公式
パナマ代表は、2026年大会で二度目のワールドカップに挑む。
2018年に初めて開いた扉は、夢のような扉だった。そこには喜びがあり、驚きがあり、世界との差を知る苦さもあった。そして、フェリペ・バロイの初ゴールという消えない記憶が残った。
2026年、パナマはもう一度その扉を開く。
今度は、少し違う気持ちである。
ただ出るだけではない。
前よりも粘り、前よりも落ち着き、前よりも何かを持ち帰りたい。
グループLの相手は厳しい。ガーナ、クロアチア、イングランド。どの試合も簡単ではない。だが、パナマにはパナマの戦い方がある。守り、耐え、走り、赤い波の声を受けて、少しでも前へ進む。
このシリーズの最後に、パナマ代表を書くことができてよかった。
ワールドカップは、王者のためだけの大会ではない。
まだ小さな夢を持つ国のためにもある。
運河の国の赤い潮流が、北米のピッチでどんな音を立てるのか。
その二度目の一歩を、静かに見届けたい。








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