力だけを持った子供――『セイサス星から来た少年』が問う、制御なき権力と帰る場所のない孤独

「ここにいたいんだ」

チャーリー・エヴァンスが連れ去られる直前に叫んだこの言葉が、このエピソードのすべてを要約している。彼は最後まで、誰かのそばにいたかっただけだった。しかしその願いは、誰も傷つけずには叶えられないほど、危険な力と結びついていた。

『スター・トレック 宇宙大作戦』第2話『セイサス星から来た少年』(原題:Charlie X、1966年9月15日放送)は、シリーズの中でも際立って後味の悪い一編だ。怪物は倒されず、救済もなく、少年はただ「取り除かれる」。それが物語の結末である。


目次

あらすじ

出典:Aurora-design

U.S.S.エンタープライズ号は、貨物船アンタレス号からひとりの少年を引き取る。チャールズ・”チャーリー”・エヴァンス、17歳。14年前、惑星セイサスでの輸送船墜落事故でただひとり生き残り、以来ずっとその星で孤独に暮らしてきた。

アンタレス号の船員たちがチャーリーを手放せることに安堵しているのは、最初から明らかだった。なぜそうなのかは、すぐにわかる。

エンタープライズに乗り込んだチャーリーは、14年間コンピューターとだけ言葉を交わして育ったため、社会的な作法をまったく持っていない。初めて目にする女性であるジャニス・ランド主任に即座に執着し、彼女の臀部を叩くという行動に出る。カーク船長は気まずそうに彼を諭すが、チャーリーには「なぜそれがいけないのか」が理解できない。

やがてアンタレス号が去る際、船長がカークに警告を送ろうとした瞬間、チャーリーの顔が歪み――アンタレス号は突如として爆散する。彼は恐るべき超能力を持っていた。

その後、チャーリーの力は次々と行使される。自分を笑ったクルーを「消し去り」、カードゲームで負けると駒を溶かし、ウフーラの歌声を奪い、スポックのバルカン・ハープを故障させる。カークが彼を人口の多い植民星から遠ざけようとすると、チャーリーはエンタープライズの制御システムを乗っ取り、船全体を自分の支配下に置いた。

クルーを凍りつかせ、身体的特徴を変え、そしてランド主任が彼の求愛を拒んで平手打ちをした瞬間、彼女を完全に消去してしまう。

カークは最後の賭けに出る。船の全システムを過負荷にすれば、チャーリーの力を消耗させられるかもしれない。しかしその試みが失敗したとき、追跡していたセイサス星人の船が姿を現した。

非実体的なセイサス星人の司令官が語る。自分たちはかつてチャーリーに、孤独な星で生き延びるための力を与えた。しかし今や、その力は人間社会においては危険すぎる。力を取り除くことはできない。だから彼を連れ戻すしかない。

カークはチャーリーは人間であり、同種族と共に生きるべきだと訴える。しかしセイサス星人は首を縦に振らない。

「ここにいたいんだ!」

チャーリーの叫びとともに、彼は連れ去られた。ランドは戻り、消されたクルーも元に戻った。しかしエンタープライズに残ったのは、沈黙と重さだった。


知恵なき力は、何も解決しない

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チャーリーは本質的に悪人ではない。彼を動かしているのは、好かれたい、認められたい、ランドに愛されたい、という欲求だ。それ自体は、どこにでもある思春期の感情だ。

問題は、その感情に対して彼が持っている手段が、「すべてを意のままにできる力」しかないことだ。

拒絶されたら消す。笑われたら消す。思い通りにならなければ奪う。これは暴力性というより、他の手段を知らないことの結果だ。共感、交渉、我慢、妥協――人間が社会の中で生きていくために習得するあらゆる技術を、彼は持っていない。セイサスの荒野でコンピューターだけを相手にした14年間は、彼からそれを学ぶ機会をすべて奪った。

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だからチャーリーは、力を持てば持つほど孤立していく。

カークが三次元チェスのゲームに誘う場面がある。チャーリーはすぐに負け、癇癪を起こして駒を溶かした。チェスの駒を溶かせば、もうゲームはできない。当然のことだ。しかし彼にはその「当然」がわからない。力で状況を変えようとするたびに、彼はそれまで積み上げていたものを自ら壊していく。


カークが父親になれなかった話

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カークはこのエピソードで、明らかに自分の手に余る役割を押し付けられている。彼はチャーリーに対して、不本意な父親代わりとして振る舞わなければならなかった。

「この宇宙には手に入れられるものが百万とあり、手に入れられないものも百万とある」という言葉を彼は伝えようとする。「彼女がどう感じるかも重要なんだ」と、1966年のテレビドラマとして驚くほど真っ当なことも言う。

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しかしその言葉は、チャーリーには届かない。

知識として理解できたとしても、感情として納得できない。社会の中で傷ついたり、拒絶されたり、それでも関係を続けたりという経験を積んでいなければ、言葉は空白の上に落ちるだけだ。カークの指導は失敗し、ランドの優しさは裏目に出て、技術は無力だった。

このエピソードが提示する最も不快な結論は、「一部の問題には、どんな善意も届かない」ということだ。スタートレックのシリーズは通常、理性と思いやりと技術で問題を解決する。しかしここでは、それらすべてが機能しない。


帰る場所がないということ

セイサス星人が現れたとき、チャーリーは「彼らには愛する能力がない」と言った。実体を持たない存在と共にいることは、完全な孤独への回帰だと訴えた。

この訴えは正しい。セイサス星人のもとでチャーリーは確かに孤独だ。しかしエンタープライズに残っても、彼は別の意味で孤独だ。力を持ちすぎて、誰とも対等でいられない。誰かを傷つけずにそばにいられない。

チャーリーには、どこにも帰る場所がない。

死よりも過酷な運命、という言い方がある。彼の場合、それは正確だと思う。彼は生き続けるが、人間社会にも、孤独な星にも、本当の意味では属せない。力だけを与えられて、その力の使い方を教えてもらえなかった存在の末路だ。

セイサス星人が力を取り除けないという設定は、この物語を決定的に救いのないものにしている。力があれば解決できる、という発想から彼は最後まで抜け出せない。しかし力では、「愛されたい」という欲求は満たせない。それが彼の根本的な矛盾であり、解けない方程式だった。


「X」という記号

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原題の「Charlie X」の「X」は、数学的な未知数を意味する。エンタープライズのクルーにとって、チャーリーは最後まで「解けなかった方程式」だった。

彼は打ち負かされたわけでも、救済されたわけでもない。盤上から消去されただけだ。「X」の値は結局、求められなかった。

それが1966年のテレビドラマとして珍しいのは、この物語が視聴者に「スッキリ感」を一切与えないからだ。チャーリーは悪人でも怪物でもなく、ただ、誰も幸せにできない場所に生まれてしまった存在だった。彼が叫んだ「ここにいたいんだ」という言葉の重さは、エピソードが終わった後もしばらく残る。

宇宙を舞台にしながら、描かれていたのはずっと、「どこにも属せない者の痛み」だった。

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