このドラマには、原作者自身の影が色濃く落ちている。
原作者・沖田臥竜は、六代目山口組二次団体の元最高幹部。所属組織の組長引退に合わせてヤクザ社会から足を洗い、作家として執筆活動を始めたという異色の経歴の持ち主だ。
通算12年の服役中から小説を書き始め、2015年にニュースサイトで記事と小説の連載を開始した。ドラマの主人公・陣内宗介の14年間の服役と自伝執筆は、そのまま沖田自身の経験と重なる。
フィクションでありながら、どこかに本物の体温がある。そのことを頭に置いて見ると、このドラマの見え方が少し変わってくる。
ヤクザの陣内宗介は、14年間刑務所にいた。
組長襲撃という一世一代の大勝負を、報奨金と自分の組をもらえるという約束を信じて実行した。しかし刑務所に入った途端、約束はすべて反故にされ、組からは破門。妻からは離婚届を突きつけられ、全てを失ったまま14年の刑期を終えた。
出所した陣内を待っていたのは、様変わりした世界だった。コンビニのレジ袋は有料になり、居酒屋は全面禁煙。スマホの使い方すらわからない。長年の刑務所暮らしで染みついた習性が抜けず、街中で奇妙な行動をとってしまう。刑務所時代の刑務官・夜勤部長(板尾創路)の幻が現れては、「お前は重度のムショぼけや」と耳の痛いことを告げていく。
笑えるのに、どこか哀しい。そういうドラマだった。
出典:Netflix
中盤、陣内の前に超人気アイドルのリサ(武田玲奈)が現れる。
娘のナツキを介して知り合った若い女の子で、明るくて、軽くて、誰にでも優しかった。リサは陣内のことを「宗介」と名前で呼んだ。
出典:x.com
元ヤクザの中年男に対して、まるで旧知の友人に話しかけるような気安さで。その距離感が、最初は鬱陶しいと思いつつも、陣内には眩しかったに違いない。
陣内はリサに淡い感情を抱きながら、14年ぶりに海へ出かけ、息子のカイトと再会し、少しずつ人間らしい時間を取り戻していく。
出典:x.com
しかしリサが、突然死んだ。自殺だった。
明るく振る舞っていた彼女の内側に、誰も気づかなかった闇があった。「宗介」と気さくに呼んでくれた声が、もう聞こえない。その事実が重くのしかかり、陣内はショックのあまり部屋に引きこもる。支えてくれていた仲間も次々といなくなっていく。
そのシーンを見ながら、胸のどこかが静かに痛んだ。
そのリサが陣内に遺したものが、「宗介の文章、面白い」という一言だった。
刑務所で14年間書き続けた日記。誰に見せるわけでもなく、ただ書いていた記録。それをリサに褒められたことを思い出した陣内は、やがて自伝を書き始める。自分の人生を、美化することなく、ありのままに。
14年前、なぜ自分は刑務所に入らなければならなかったのか。組織間の抗争が激化する中で、家族を守ろうとしながらも取り返しのつかない選択をしてしまった壮絶な真実。それをすべて書き残した。
書くことが、陣内を変えた。
過去の罪と向き合う作業になり、やがて家族への橋渡しになった。自伝はテレビで取り上げられるほどになり、遠ざかっていた娘のナツキから電話がかかってくる。「宗介」と呼んでくれた女の子の声は消えても、彼女が遺した言葉が、陣内の人生を動かし続けた。
思えば、書くことで救われた人間というのは、フィクションの中だけにいるわけではない。
私がブログを書き始めたのも、誰かに褒めてもらった一言がきっかけだった。お店のホームページに書いた記事を、知り合いのクッキー職人さんが読んでくれて、素直に喜んでくれた。ブログを書くまで、自分に文才があるとは思ったこともなかった。ただ書いていただけなのに。
陣内も、最初から作家になろうとして日記を書いていたわけではない。ただ書いていた。それだけだ。
「書くこと」には、不思議な力がある。
書かなければ忘れていたはずの記憶が、文章にした瞬間から自分の中に定着する。映画でも、ドラマでも、日常のできごとでも、書き留めた瞬間にそれは「自分の経験」になる。陣内の14年間の日記も、きっとそういうものだったのだと思う。誰にも読まれなくても、書いた本人の中に、確かに積み重なっていくもの。
リサの死は悲しかった。でも彼女が「宗介」と呼びながら遺した「面白い」という一言は、陣内の残りの人生をまるごと変えてしまった。
言葉は、そういう力を持っている。
書き続けることの意味を、このドラマは任侠コメディという意外な形で、静かに教えてくれた。




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