江戸川乱歩の「日記帳」は、暗号ですれ違った二人の話として読まれることが多い。語り手の兄もそう結論する。ただ、日付を並べてみると、その結論は一つの読みにすぎないように思えてくる。
オーディブルで二十数分。買い出しの車の中で聞き終え、店に着くころには「ああ、そういうことなのね」で一度閉じた。エンジンを切っても、もやもやは残った。
筋は短い
二十歳で病死した弟の初七日、兄は書斎の日記帳を開く。恋も知らずに死んだと思っていた弟は、遠縁の雪枝と三ヶ月、葉書を交わしていた。
弟が出した日付を並べると、I LOVE YOU になる。雪枝からの葉書は、どれも切手が斜めに貼ってある。当時、好意を示す符牒だった。日記には「失望。おれはあんまり臆病すぎた」とだけある。
兄は、二人とも相手の暗号に気づかないまま弟は死んだ、と結論する。そしてその雪枝と、兄自身が弟の死の二ヶ月前に婚約していた。
日付を並べると
葉書のやりとりは三月から五月の中旬まで。弟の病気がわかったのは、おそらく最後の葉書のあたりだ。
弟が死んだのは、おそらく十二月か一月。そこから二ヶ月さかのぼると、兄と雪枝の婚約は十月か十一月になる。
つまり雪枝は、弟が病気になってから、半年ほどのあいだに兄と婚約している。この並びを見てから、兄の「気づかなかった」が少し都合よく聞こえるようになった。
二人は本当に気づいていなかったのか
弟が切手に気づいていたかどうかは、わからない。日記の「失望」は、気づかなかったからとも読めるし、気づいたうえでどうにもならなかったからとも読める。
ただ、切手を斜めに貼るのは、当時はやっていたことだ。遠縁同士で文通を始める二人が、その前に一度も会っていないとは考えにくい。会ったときに、そんな話をしていたかもしれない。そうなら、弟が気づいていた可能性は十分ある。
雪枝のほうも、三ヶ月、日付をずらした葉書を受け取り続けている。何かあると思わないほうが難しい。
雪枝の婚約は、二通りに読める
ひとつは、気づかないふりとしての婚約だ。
弟が病むと、雪枝の好意は相手の重荷になる。はっきり告白されたわけでもないから、断ることもできない。それなら、何も気づかなかったことにして、別の場所へ移る。嫌いになったと告げるより、気づかないふりのほうが、病んだ相手には通しやすい。そう読むと、兄との婚約は雪枝なりの優しさになる。
もうひとつは、単純な乗り換えだ。
初めは弟が好きだった。でも弟が病気だとわかって、兄に移った。雪枝がどんな人物かは、作中にほとんど書かれていない。斜めの切手以外、内心を示すものは何も残っていない。乱歩の推理ものの感覚で読めば、こちらも十分ありえる。
どちらの雪枝なのか、作品は決めさせてくれない。
よくある見方との違い
よくある読みは、臆病な二人が暗号ですれ違い、その雪枝を兄が婚約者にしていた、という皮肉で閉じる。最後の一行で、語り手の優位が崩れる話として聞く。
私はそこまで行けなかった。婚約の一行には、軽い感想しか出てこなかった。それより、「気づかなかった」で話をまとめる兄が、いちばん都合のいいところで探るのをやめているように見えた。兄が閉じたところから、別の読みがいくつも出てくる。
言い切れないところ
ここに書いた日付は、作中の手がかりから私が見積もったものだ。弟が気づいていたかどうかも、二人が文通の前に会っていたかどうかも、作品ははっきり書いていない。雪枝の内心も、どちらの読みが正しいとは言えない。
車の中で耳から聞いた印象が、文面より先に立っている読みでもある。
誰に向くか
暗号が解けた瞬間に満足したい人には、少し物足りない。結末で一度納得したあと、葉書の日付や、文字を書かなかった側の切手の角度が気になってくる人には、短いわりに長く残る。
一つの答えに決まらないまま、いくつも読み方が出てくる。二十数分で済む話が、店に着いても終わらない。やはり乱歩はおもしろい。

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