草刈りの刃音と、乱歩の底知れぬ告白――『湖畔亭事件』を聴きながら

うちの墓は霊園のような共同墓地ではなく、「墓所」である。広さにして20数坪ほどある。

それだけの広さがありながら、手入れに通うのは自分ひとりだ。放っておけばあっという間に雑草に呑まれてしまうため、一年に何度も草刈りに足を運ばなければならない。梅雨の終わる七月初旬に一度刈り、猛暑をやり過ごし、長かった秋雨が明けてようやく晴れ間が続くようになったこの頃、再び道具を抱えて墓所へ向かった。

一回の作業はおよそ一時間。腰を痛めぬよう区切りをつけながら、二回やってようやく全体の四割ほどを刈り終えたところだ。まだ六割ほどが青々と残っている。

誰と話すこともない、秋晴れの下での孤独な反復作業だ。その単調さを紛らわせるために、耳元にはオーディオブック(Audible)を流していた。選んだのは、江戸川乱歩の『湖畔亭事件』である。

手に持った刃先で草を払う単純作業の最中は、余計な雑念が消え、かえって意識が研ぎ澄まされる。レンズ狂の主人公が避暑地の旅館「湖畔亭」で潜望鏡のような仕掛けを作り、女湯の脱衣場を覗き見る異様な導入部から、物語はすんなりと耳の奥へ入り込んできた。

覗き見の最中に目撃される鮮血の惨劇。主人公とともに現場の謎を探る洋画家・河野。手首の傷、消えた死体、そして容疑者として浮かび上がる風呂焚き・三造。

ザッ、ザッと草を刈る手の動きに合わせて、頭の中で推理の糸を紡いでいく。「これは狂言ではないのか」「血痕の不自然さはどう説明がつくのか」――。やがて物語が核心に近づくにつれ、こちらの予想した筋道と事件の輪郭が重なり合っていく。やはり自分の推理通りだったか、と一度は着地したかに見えた。

だが、乱歩の物語の面白さは、そこから先にある。

事件が一段落したのち、河野は主人公の前で直接、すべてを打ち明けるのだ。その告白は実に長々としたものであった。芸者の長吉と自分が仕組んだ狂言であり、脱衣場の血痕は二人の腕から抜いたものだったと語り、その上で「このことはどうか黙っておいてくれ」と切実に懇願する。

そして後日、河野から届いた手紙。そこには、自分は南洋へ旅立つこと、そして長吉はすでに病で亡くなったことが記されていた。


作業の手を止め、秋の青空の下でひとり立ち尽くしてしまった。一見するとロジカルに解決したかに見えた物語の足元に、底知れぬ暗い裂け目がぽっかりと口を開けていたからだ。

主人公は風呂焚きの三造には会っているが、芸者の長吉には一度も会っていない。

そもそも、長吉と河野は本当にそれほど親しい間柄だったのだろうか。

長吉を守るために三造を犯人に仕立て上げたと河野は言うが、それすらも本当なのか。

もしも――と、不気味な想像が頭をもたげる。

もし河野が実際に長吉を殺害しており、その秘密に気づいてしまった三造を、事故死に見せかけて冷酷に始末したのだとしたら。すべてを狂言に見せかける長々とした告白も、後から届いた「長吉は病死した」という手紙も、己の犯行を覆い隠すための周到な煙幕だったのではないか。


解決のヴェールを剥ぎ取った瞬間に現れる、底知れぬ人間の悪意と虚妄。一度解けたはずのパズルが、最後の数行でぐらりと歪み、まったく別の戦慄の絵図へと姿を変えていく。読んだ後(正確には聴いた後)にここまであれこれと想像を逞しくさせ、疑念の渦に引きずり込んでくれるのだから、やはり江戸川乱歩の作品はたまらなく面白い。

刈っても刈ってもまだ残る雑草のように、胸の奥で尽きることのない疑惑を抱えたまま、私は再び道具を手に取った。カチカチと鳴る刃音の向こうで、湖畔亭の冷たい水底に沈んだままの「真実」が、いまも静かにこちらを見つめ返しているような気がした。

連続再生のオーディブルの次の題目は「パノラマ島奇譚」となっている。スーパーエルニーニョだかなんだかのせいで、最近もまだ昼間は暑い。今度これを聞くのはいつになることか・・・

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