ブラジル、モロッコに追いつく|王国が勝ち切れなかった初戦の余韻

ワールドカップでブラジルが登場すると、それだけで空気が少し変わる。

黄色いユニフォーム、攻撃の記憶、過去の優勝、そして「ブラジルなら何かを見せてくれるはずだ」という、見る側の勝手な期待。サッカーを長く見ていなくても、ブラジルという名前には特別な響きがある。

だが、2026年大会の初戦で、ブラジルが見せたものは、華やかな勝利ではなかった。

グループC、ブラジル対モロッコ。結果は引き分け。ブラジルは先に失点し、ヴィニシウス・ジュニオールの一撃で追いついたものの、最後まで勝ち越すことはできなかった。

試合の入り方で目立ったのは、むしろモロッコだった。

2022年大会でベスト4まで進んだモロッコは、もはや「番狂わせを起こす国」ではない。世界の強豪と向き合うだけの自信と、組織の硬さを持ったチームである。この日も、立ち上がりからブラジルに簡単な時間を与えなかった。前線から圧力をかけ、奪ったあとの出足も速い。ブラジルの中盤と守備の間にできる隙を、何度も突いていた。

その流れが形になったのが前半21分である。

ブラジルが中盤でボールを失うと、ブラヒム・ディアスが絶妙なパスを通し、イスマエル・サイバリが抜け出す。飛び出したGKアリソンの上を越す落ち着いたフィニッシュ。モロッコが先制した。

出典:FIFA公式

ブラジル相手に先に点を取る。これは簡単なことではない。しかも、偶然の一発というより、試合の入りから続いていた流れの延長に見えた。モロッコの選手たちの表情には、驚きよりも「やれる」という感触があった。

一方のブラジルは、どこか落ち着かなかった。王国という言葉の重みは、時に選手の足を少しだけ鈍らせるのかもしれない。勝つはずだと思われるチームほど、初戦の入りは難しい。モロッコの速さと圧力を受け、ブラジルはしばらく試合を自分たちのものにできなかった。

それでも、ブラジルには個の力がある。

出典:Vietnam.vn

前半32分、ヴィニシウス・ジュニオールが左から中へ切り込み、右足を振り抜く。ボールは美しい軌道でゴールへ向かった。流れが悪くても、一人の選手が景色を変える。ブラジルの強さは、やはりそこにある。

出典:Yahoo!ニュース – Yahoo! JAPAN

この同点ゴールで、試合は振り出しに戻った。ブラジルは息を吹き返し、前半終了間際にはルーカス・パケタのアクロバティックなシュートをモロッコのGKヤシン・ブヌが好セーブで防いだ。もしあれが入っていれば、試合の記憶はかなり違うものになっていただろう。

後半に入ると、ブラジルは少しずつ落ち着きを取り戻した。選手交代で中盤と守備の安定感を増し、ボールを持つ時間も増えていった。モロッコは守る時間が長くなったが、それでも大きく崩れることはなかった。

この試合を見ていて感じたのは、モロッコの粘りが一時的なものではないということだった。強豪国を相手に、ただ守って耐えるだけではなく、前へ出る時間も作れる。相手に「面倒な試合だ」と思わせる力がある。2022年の躍進は、昔話ではなく、今も続く流れなのだと思わせた。

出典:毎日新聞

ブラジルは勝ち越しを狙った。終盤にもチャンスはあった。しかし、どこか最後の切れ味を欠いた。個々の選手には華がある。ボールを持てば期待は膨らむ。だが、チーム全体として相手を押し切る迫力は、まだ十分ではなかった。

退場者は出ていない。試合は荒れたというより、互いに集中力を切らさずに進んだ印象である。ブラジルにとっては、勝てなかった試合。モロッコにとっては、勝てたかもしれない試合。引き分けという同じ結果でも、両国の胸に残る感情は少し違う。

グループCは、ブラジル、モロッコ、ハイチ、スコットランドの組である。この引き分けのあと、スコットランドがハイチを下したため、初戦を終えた時点でスコットランドが一歩前へ出た。ブラジルとモロッコは勝ち点1。ハイチは勝ち点0である。

もちろん、まだ初戦である。ブラジルがこのまま苦しみ続けると決まったわけではない。モロッコも、この引き分けだけで満足してよいわけではない。だが、初戦の空気は大会全体の印象を決めることがある。

ブラジルには、王国としての重さが残った。

モロッコには、もう一度世界を驚かせるだけの手応えが残った。

店のテレビで見ていると、こういう試合は数字以上に余韻が長い。ブラジルが勝てなかった、という事実だけではない。モロッコがブラジルを相手に堂々と戦ったこと。ヴィニシウスの一発が王国を救ったこと。そして、世界のサッカーの地図が少しずつ変わっていること。

かつてなら、ブラジルが勝てなかった試合として語られたかもしれない。

だが今は、モロッコが堂々と勝ち点を取りにいった試合としても記憶される。

ワールドカップは、こうして少しずつ時代の変化を見せてくる。ブラジルの黄色はまだ眩しい。けれど、その前に立つ赤いユニフォームも、もう決して脇役ではなかった。

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