前回は、セネガル代表を取り上げた。2002年日韓大会で前回王者フランスを破り、初出場でベスト8へ進んだテランガの獅子である。セネガルには、ワールドカップの記憶を一気に変える力がある。2026年大会では、再びフランスと同じグループに入ったことも、ひとつの物語になっている。
今回取り上げるのは、そのグループIに入ったもうひとつの国、イラク代表である。
イラクがワールドカップ本大会に出場するのは、1986年メキシコ大会以来である。実に40年ぶりの帰還だ。サッカーの時間で40年というのは、とても長い。選手はすべて入れ替わり、監督も、戦術も、世界のサッカーの風景も変わる。かつてテレビの向こうで見た代表を知る世代は年を重ね、その間に生まれた若者たちは、イラク代表がワールドカップを戦う姿を一度も見ないまま育ってきた。
だからこそ、2026年大会のイラク代表には、単なる出場以上の重みがある。
それは「久しぶりに出る国」というだけではない。戦争や混乱、長い不安定な時代を知る国が、サッカーを通してもう一度世界の舞台へ戻ってくる。そこには、勝ち負けだけでは測れない時間が流れている。
イラク代表 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国名 | イラク共和国 |
| 代表チーム | イラク代表 |
| 愛称 | メソポタミアのライオン |
| 大陸連盟 | AFC |
| ワールドカップ出場 | 2回目 |
| ワールドカップ最高成績 | グループステージ(1986年) |
| 監督 | グラハム・アーノルド |
| 注目選手 | アイメン・フセイン、アリ・アル=ハマディ、ジダン・イクバル、ジャラル・ハッサン、アミール・アル=アマリ など |
| グループIの相手 | フランス、セネガル、ノルウェー |
1986年、最初のワールドカップ
出典:FIFA公式
イラクが初めてワールドカップに出場したのは、1986年メキシコ大会である。
この大会で、イラクはパラグアイ、ベルギー、開催国メキシコと同じグループに入った。結果だけを見れば、3戦3敗でグループステージ敗退である。だが、初出場国にとって、ワールドカップのピッチに立つこと自体が大きな一歩だった。
ベルギー戦では、アフメド・ラディがイラクのワールドカップ初ゴールを決めた。今もイラク代表史の中で語られる場面である。結果として大会からは早く姿を消したが、1986年のイラク代表は、国のサッカー史に最初のページを刻んだ。
ただ、その後の道は長かった。
イラクはアジアの中で力のある国でありながら、ワールドカップ本大会には届かなかった。予選であと一歩及ばない時期が続き、国の状況も簡単ではなかった。サッカーに集中するには、あまりに多くの困難があった国でもある。
それでも、イラクのサッカーは消えなかった。
国内には熱心なサポーターがいて、代表の試合には大きな期待が集まった。イラク人の暮らす場所は国内だけではない。国外に移った人々、ディアスポラのコミュニティも、代表チームを自分たちの誇りとして見つめてきた。
ワールドカップから遠ざかっていた40年は、単に何もなかった時間ではない。待ち続けた時間であり、諦めなかった時間である。
2007年、アジアを制した記憶
出典:Goal.com
イラク代表を語るうえで、2007年のアジアカップ優勝は欠かせない。
あの大会で、イラクはアジア王者になった。決勝ではサウジアラビアを破り、ユニス・マフムードが決勝点を決めた。政治的にも社会的にも苦しい時期にあった国にとって、この優勝は大きな意味を持った。
サッカーが国を救う、という言い方は簡単すぎるかもしれない。サッカーひとつで現実の苦しさが消えるわけではない。だが、2007年のイラク代表は、国の人々に喜びを与えた。少なくともその瞬間、同じユニフォームを見つめ、同じゴールに声を上げる時間が生まれた。
スポーツには、時々そういう力がある。
イラクのアジアカップ優勝は、単なるタイトルではなかった。国の分断や不安を越えて、人々が同じ代表を応援する時間を作った。それは、イラクサッカーの記憶の中でも特別なものとして残っている。
2026年のワールドカップ復帰を見るとき、この2007年の記憶も重なってくる。
イラクは、弱い国ではない。アジアを制した経験がある。大きな大会で国をひとつにした記憶がある。その延長線上に、今回の本大会復帰がある。
最後の一枠をつかんだプレーオフ
2026年大会への道のりも、劇的だった。
イラクは大陸間プレーオフでボリビアを2-1で破り、48番目、つまり最後の出場国として本大会行きを決めた。アリ・アル=ハマディが先制し、追いつかれたあと、アイメン・フセインが決勝点を決めた。
出典:日本経済新聞
最後の一枠。
この響きがいい。すでに多くの国が出場を決め、残された扉はひとつ。その前でイラクは勝った。40年ぶりのワールドカップ出場は、静かに決まったのではない。国中の感情を巻き込みながら、最後の最後に手に入れたものだった。
バグダッドでは大きな歓喜が起きたと報じられている。長く待った人々にとって、それはただの勝利ではなかったはずである。1986年から2026年へ。世代をまたいで待ち続けた夢が、ようやく現実になった。
このような出場国がいるから、ワールドカップは面白い。
優勝候補だけを並べても、大会は成立するかもしれない。だが、世界大会の豊かさは、こうした国の帰還にある。久しぶりに出る国、初めて出る国、苦しい時間を越えてたどり着く国。そこにサッカーの大きな物語がある。
グラハム・アーノルドという現実的な導き手
現在のイラク代表を率いるのは、グラハム・アーノルド監督である。
出典:FIFA公式
日本のサッカーファンにとっても、オーストラリア代表を率いた監督としてなじみのある名前かもしれない。アーノルドは、2022年カタール大会でオーストラリアをベスト16へ導いた。派手な理想論よりも、チームを整え、試合ごとに現実的な勝ち方を探すタイプの監督である。
イラクにとって、これは大きい。
ワールドカップに40年ぶりに戻るチームに必要なのは、勢いだけではない。国の熱狂は力になるが、それだけではフランスやノルウェー、セネガルとは戦えない。守備の約束事、試合の入り方、相手に押し込まれた時間の耐え方、少ないチャンスをどう得点につなげるか。そうした細部が必要になる。
アーノルドは、その現実を知っている監督である。
特にグループIでは、イラクがボールを支配する試合ばかりにはならないだろう。フランスには圧倒的な個の力がある。ノルウェーにはハーランドという決定的な存在がいる。セネガルには速さと強さがある。どの相手にも、長く守る時間が生まれる可能性がある。
その中で、イラクがどう試合を壊さずに進めるか。アーノルドの経験は、そこに生きるはずである。
アイメン・フセインと、ゴールを託される男
イラク代表の攻撃で注目されるのが、アイメン・フセインである。
出典:スポニチ Sponichi Annex
大柄なストライカーであり、ゴール前で存在感を出せる選手である。ボリビアとのプレーオフで決勝点を決めたこともあり、2026年大会のイラクを語るうえで欠かせない名前になった。
ワールドカップで格上相手に戦う国にとって、前線にボールを収められる選手は重要である。守備の時間が長くなれば、クリアしたボールをすぐに失うと、また押し込まれる。前線で一度時間を作れるだけで、チーム全体が息をつける。
フセインには、その役割が求められる。
もちろん、彼ひとりにすべてを背負わせるわけにはいかない。アリ・アル=ハマディも攻撃の重要な選手である。プレーオフで先制点を決めた彼は、イラクの前線に別の選択肢を与える。スピード、動き出し、相手守備の裏を突く力。そうしたものが必要になる場面は多い。
出典:NamuWiki
中盤では、ジダン・イクバルにも注目が集まる。若い才能であり、名前の響きからしてもどうしても目を引く。だが、必要なのは名前の話題性ではなく、ピッチ上でどれだけ試合を動かせるかである。ワールドカップの強度の中で、彼がどれだけ落ち着いてボールを持てるかは、イラクにとって大きなポイントになる。
出典:theWORLD(ザ・ワールド)
ゴールキーパーのジャラル・ハッサンも経験のある存在である。強豪相手には、GKの一つのセーブが試合の流れを変える。イラクが勝ち点を拾うには、守備陣とGKの集中が欠かせない。
グループIの厳しさ
イラクが入ったグループIは、決して楽な組ではない。
フランス、セネガル、ノルウェー。どの国にも明確な武器がある。
フランスは優勝候補である。ムバッペを中心に、世界屈指の選手層を持つ。イラクにとっては、ボールを持たれる時間が長くなるだろう。守備の集中、カウンターの精度、セットプレー。あらゆる小さな場面が問われる試合になる。

セネガルは、身体能力と経験を兼ね備えたアフリカの強豪である。2002年にフランスを破った記憶を持ち、近年はアフリカ王者にもなった。守備も強く、攻撃も速い。イラクにとっては、フランスとはまた違う難しさを持つ相手である。

ノルウェーには、ハーランドとウーデゴールがいる。特にハーランドの決定力は、どの国にとっても脅威である。一瞬のクロス、一度の裏抜け、わずかなスペース。それだけで失点につながる。イラクがノルウェーと戦うとき、守備の集中は90分間途切れてはならない。

この組でイラクが突破を狙うなら、どこかで勝ち点を取らなければならない。全敗で終わらないこと。初勝利を目指すこと。そして、できれば決勝トーナメント進出の可能性を最後まで残すこと。
それは簡単ではない。
だが、イラクにとって2026年大会は、最初から簡単な旅ではなかった。長い予選を越え、プレーオフを勝ち、最後の一枠をつかんできたチームである。困難の中で戦うことは、彼らにとって初めてではない。
40年ぶりの国歌
ワールドカップで国歌が流れる時間は、どの国にとっても特別である。
しかし、40年ぶりにその場へ戻ってくる国にとっては、さらに特別だと思う。選手たちだけではない。テレビの前で見る人、スタジアムへ向かう人、遠く離れた土地で国旗を掲げる人。彼らは、自分の国が世界大会で紹介される瞬間を待っていた。
出典:FIFA公式
イラクという国には、外から見るとどうしても政治や戦争のイメージがついて回る。ニュースの中で語られる国、緊張や不安とともに伝えられる国。だが、そこに暮らす人々にも、当然ながら日常があり、喜びがあり、サッカーを愛する時間がある。
ワールドカップは、その国の別の顔を世界に見せる場でもある。
イラク代表がピッチに立つとき、そこにあるのはニュースの見出しではない。緑と白と赤と黒の旗を背負った選手たちであり、40年ぶりの歓声であり、国の名前を誇りとして叫ぶ人々である。
その姿を見られること自体に意味がある。
メソポタミアから届いた歓声
イラクは、古代メソポタミア文明の地を含む国である。チグリス川とユーフラテス川。その名前を聞くだけで、歴史の教科書のページが思い浮かぶ人も多いだろう。
その土地から、サッカーの歓声が再びワールドカップへ届く。
もちろん、ロマンだけで試合は勝てない。フランス、セネガル、ノルウェーを相手に、イラクは苦しい時間を何度も迎えるはずである。ボールを追い、耐え、走り、少ないチャンスを信じる大会になるだろう。
だが、イラク代表には、待ち続けた時間がある。
1986年から2026年までの40年。2007年のアジアカップ優勝。予選の苦しみ。ボリビア戦の歓喜。国外で育った選手と国内で育った選手が、同じ代表のユニフォームを着る意味。そうしたものが、チームの背中に乗っている。
ワールドカップは、優勝候補だけの大会ではない。
イラク代表のような国が戻ってくることで、大会は世界大会らしくなる。長い空白を越えて、もう一度ピッチに立つ国がある。その国の人々が、国歌を聴き、ボールを追い、祈るように試合を見る。
イラク代表の2026年は、勝ち点だけで語るにはもったいない大会になる。
メソポタミアのライオンたちは、40年ぶりに世界の舞台へ戻ってくる。その一歩を、まずは静かに見届けたい。









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