出版大手KADOKAWAが月刊誌『ダ・ヴィンチ』を今年11月号(10月6日発売)をもって休刊すると発表した。創刊から約32年にわたる歴史に一区切りがつくというこのニュースは、雑誌というメディアの形と役割を改めて考えさせる出来事である。
僕がよく読んでいたその雑誌は紙ではなく電子雑誌であり、休刊の知らせは単なる一誌の終わり以上の意味を持っているように感じられる。
僕は現在、「読む」より「聞く」派である。オーディオブックやポッドキャストを日常的に利用しており、何かをしながら聞くことが最も効率的であると考えている。
朝の仕込みをしている最中、
少し横になって休みたいとき、
買い出しの車の中・・・
そうした隙間時間に音声を流すと、意外にも長時間集中して聞き続けられる。音声はながら作業に向いており、生活のリズムに自然に溶け込むため、情報の摂取量が増える一方で負担は少ない。
視線をページに固定して読む行為と比べると、読む速度は速い場合があるものの、集中力が持続しにくいという実感がある。紙の本を目で追っているときは、途中で中断すると再び集中するのに時間がかかることが多い。
それでも、本屋で棚を眺める時間や雑誌をパラパラめくる行為は僕にとって大切である。雑誌をめくると「どんな本が人気なのか」「この本に対してこの人はどう思っているのか」といった情報を短時間で得られる。
編集者が選んだ特集や対談は、単なる紹介を超えて読み方のヒントを与えてくれる。電子雑誌であっても、レイアウトや見出しの見せ方によって「めくる」感覚や偶然の出会いは十分に再現される。
僕はオーディオで広く浅くインプットし、雑誌で興味のある本を俯瞰するというハイブリッドな読み方を好む。これにより時間効率を保ちながら、新しい作家やテーマとの出会いを逃さない。
若年層の読書習慣は確かに変化している。短尺の動画や音声コンテンツに慣れた世代は、長文を読むハードルが上がっている。だが情報取得が速く手軽になった一方で、情報の信頼性や文脈を求める欲求は消えていない。雑誌は編集というフィルターを通して文脈を提供し、発見の地図を示す役割を果たす。
SNSやインフルエンサーの推薦が新刊発見の主要経路になりつつある現代でも、編集者によるキュレーションは価値を持ち続ける。電子版は検索性や保存、リンクといった利便性を備え、若年層の消費スタイルに合致しているため、形式が変わっても雑誌的な機能は残り得る。
『ダ・ヴィンチ』の休刊は、雑誌そのものが消えることを意味するのではなく、形や流通、読者との接点が再編される過程の一つであると考えるべきである。編集の視点が失われれば、情報は断片化しやすくなるが、編集があることで断片はつながり、深さを持つ。
僕は「聞く」ことを中心にしているが、雑誌をパラパラめくる時間は情報の海で自分の進む方向を見つけるための大切な時間である。形式が変わっても、偶然の出会いと編集による文脈提供という雑誌の本質的な価値は、別の形で残っていくはずである。

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