『狂へる悪魔』(1920)感想|ジョン・バリモアは表情だけで別人になる

1920年制作のアメリカ映画『狂へる悪魔』を観た。

原題は『Dr. Jekyll and Mr. Hyde』。ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説『ジキル博士とハイド氏』を映画化した作品である。

何より驚いたのは、主演ジョン・バリモアの演技だった。

同じ俳優がジキル博士とハイド氏を演じているのに、まったく別人に見える。100年以上前の無声映画で、これほどの演技が見られるとは思わなかった。

目次

表情だけで別人になるジョン・バリモア

ジョン・バリモアが演じるジキル博士は、端正な顔立ちをした善良な人物である。医師として貧しい人々の治療にも尽くし、周囲から信頼されている。

ところが、ハイド氏になると、その印象が一変する。

特に印象に残ったのは、変身するときの顔の表情である。

顔を歪め、目つきを変える。それだけで、さっきまでのジキル博士とはまるで別の人間に見えてくる。

もちろん、この映画でも特殊メイクは使われている。しかし、最初の変身場面では、バリモア自身の表情や顔の筋肉の動きによって変化を見せている部分がある。

1920年の無声映画である。現在の映画ほど顔の細かな造形が分かりやすいわけではない。それでも、目の前の人物が別人へと変わっていく様子は、はっきりと伝わってくる。

特殊メイクの完成度よりも、俳優自身が顔つきを変えることで、まったく違う人物に見えてしまうことに驚いた。

ジョン・バリモアという俳優の演技力を、強く印象づけられた場面だった。

シンプルだからこそ面白い物語

『狂へる悪魔』は、現在の映画と比べると物語の展開がかなりシンプルである。

善良なジキル博士が、人間の善と悪を分離しようとする。そして、自らの実験によってハイド氏という別人格を生み出してしまう。

物語の中心となるのは、この変化とその結果である。

登場人物の心理を細かく説明したり、複雑な人間関係を描いたりすることは少ない。出来事は比較的単純な流れで進んでいく。

しかし、それが物足りないとは思わなかった。

むしろ、話が分かりやすく、ジキル博士とハイド氏という二人の人物に集中できる。

物語が簡潔であるからこそ、ジョン・バリモアの演技が一層際立っているようにも感じた。

古い映画には、現在の映画とは異なるテンポや表現方法がある。それを不便に感じることもあるが、この作品では、その簡潔さが面白さにつながっていた。

1931年版『ジキル博士とハイド氏』との違い

この作品を観たあと、1931年制作の『ジキル博士とハイド氏』も観始めた。

こちらはルーベン・マムーリアン監督、フレドリック・マーチ主演の作品である。

マーチは、この映画で第5回アカデミー賞の主演男優賞を受賞している。

まだ鑑賞の途中だが、すでに1920年版との違いを感じている。

まず、ハイド氏の姿である。

1931年版では、特殊メイクによる顔の造形がはっきりと分かる。怪物としての外見が、より具体的に作り込まれている印象だ。

それに対して、1920年版で強く印象に残ったのは、ジョン・バリモア自身の表情の変化だった。

また、1931年版では人物の心理や出来事が比較的詳しく描かれている。一方、1920年版はもっと簡潔な構成で、物語が進んでいく。

どちらが優れているという話ではない。

1920年版には、1920年版ならではの面白さがある。

1931年版は現在も鑑賞中なので、詳しい比較や評価はまだ控えておきたい。最後まで観終わったら、改めてこちらの作品についても鑑賞ノートに感想を書くつもりである。

ジョン・バリモアという俳優

『狂へる悪魔』を観終わってから、主演のジョン・バリモアについて少し調べてみた。

ジョン・バリモアは1882年生まれのアメリカの俳優である。

もともとは舞台を中心に活躍し、シェイクスピア劇などで高く評価された。無声映画の時代から映画にも出演し、トーキーの時代になってからも活動を続けている。

代表作には『狂へる悪魔』のほか、『グランド・ホテル』(1932年)、『特急二十世紀』(1934年)などがある。

端正な容姿から「偉大なる横顔」とも呼ばれた俳優である。

また、バリモア家はアメリカ演劇界の名門として知られている。

兄のライオネル・バリモア、姉のエセル・バリモアも著名な俳優であり、ジョン自身もその一員として長く活躍した。

舞台で培った表情や身体の使い方は、今回のジキル博士とハイド氏の演じ分けにも生かされているのだろう。

そして、調べているうちに意外なことが分かった。

ジョン・バリモアは、ドリュー・バリモアの祖父だったのである。

ドリュー・バリモアの祖父だったという発見

ドリュー・バリモアといえば、私にとってはまず『E.T.』(1982年)である。

スティーヴン・スピルバーグ監督のこの映画で、ドリューは主人公エリオットの妹ガーティを演じていた。

まだ7歳という幼さだったが、その愛らしい演技は印象に残っている。

その後も『炎の少女チャーリー』(1984年)、『ウェディング・シンガー』(1998年)、『25年目のキス』(1999年)など、多くの映画に出演している。

俳優としてだけでなく、映画プロデューサーとしても活動してきた人物である。

私は『E.T.』の子役時代から彼女を見てきた。

そのドリュー・バリモアの祖父が、1920年の『狂へる悪魔』で、これほど印象的な演技を披露していたとは知らなかった。

もちろん、直接の知り合いでも何でもない。

ただ、昔から映画で見てきた女優の祖父だと分かった途端、ジョン・バリモアという俳優に、勝手ながら少し親近感が湧いてしまった。

100年以上前の無声映画に出演していた俳優と、自分が子どもの頃から親しんできた映画女優が、祖父と孫という関係でつながっている。

そのことが、何となくうれしかった。

映画を一本観たことで、思いがけない発見ができたのである。

100年以上前の映画を観る面白さ

『狂へる悪魔』は1920年の映画である。

当然ながら、現在の映画とは映像技術も演技の方法も異なる。物語の進め方も簡潔で、無声映画特有の表現が随所に見られる。

しかし、ジョン・バリモアの演技には、100年以上の時間を超えて伝わってくるものがあった。

表情を変えるだけで、同じ俳優がまったく別人に見える。

それが、今回この映画を観て最も驚いたことである。

そして映画を観終わったあと、主演俳優について調べることで、ドリュー・バリモアとの意外なつながりも知った。

一本の古い映画から、別の映画や俳優へと興味が広がっていく。

こうした発見があることも、古い映画を観る楽しさの一つなのだと思う。

1931年版『ジキル博士とハイド氏』も、引き続き観ていきたい。

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