子どもが苦手だった僕が、朝の横断歩道に立つようになった話

先日、「子供のSOSを受け止める『110番の家』が減っている」という記事を読んだ。

高齢化や共働きの増加によって、地域で子どもを見守る仕組みが空洞化している、という内容だった。

その記事を読んで、少し他人事ではない気がした。

うちの店の玄関にも、「子供110番の家」のステッカーが貼ってある。何かあったとき、子どもが逃げ込める場所であることを示すステッカーである。

自分から積極的に申し出たというより、交通指導員をしていた流れで頼まれた。だから貼っている。そう言ってしまえばそれまでなのだが、それでも店の玄関にそのステッカーがある以上、まったく関係ないとは言えない。


僕は、交通指導員をしている。

もう6年くらいになる。

きっかけは、同じ町内の後輩だった。彼がPTA会長をしていて、新しい交通指導員が見つからず困っていた。自営業なら朝の時間に少し融通がきくのではないか、ということもあったのだと思う。

頼まれたとき、正直に言えば、最初から前向きだったわけではない。

そもそも僕は、子どもが得意なタイプではなかった。

嫌いというわけではない。ただ、どう接していいのかわからなかった。子どもに話しかけるのも少し苦手だったし、子どもたちの元気さに対して、どこか身構えるところがあった。

だから、毎朝、通学路に立つことになったときも、自分に向いている仕事だとは思わなかった。

それでも、引き受けた。

誰かがやらなければいけない。後輩が困っている。町内で新しい人が見つからない。そういう事情が重なって、気がつけば朝の横断歩道に立つようになっていた。

最初の頃は、ただ役目をこなしているだけだった。

車が来ていないかを見る。子どもたちが渡るのを確認する。旗を出す。声をかける。朝の決まった時間に、決まった場所に立つ。

それだけのことと言えば、それだけのことである。

けれど、毎朝続けていると、不思議なもので少しずつ慣れてくる。

子どもたちの顔も、なんとなく覚えてくる。いつも元気に挨拶する子がいる。小さな声で「おはようございます」と言う子がいる。何も言わずに通り過ぎる子もいる。

最初は、こちらも少しぎこちなかった。

でも、何度も顔を合わせているうちに、挨拶をされると意外とうれしいことに気づいた。

子どもが苦手だったはずなのに、朝の短い時間の中で、子どもたちの存在が少しずつ日常になっていった。

もちろん、何か大げさな交流があるわけではない。

深い話をするわけでもない。子どもたちに慕われているというような話でもない。ただ、横断歩道で顔を合わせる。挨拶をする。車に気をつけて渡るのを見届ける。

それだけである。

でも、その「それだけ」が、6年続くと少し違って見えてくる。


地域の見守りというものは、特別な正義感だけで成り立っているわけではないのだと思う。

むしろ、毎朝そこに立つ人がいる。玄関にステッカーを貼っている店がある。登下校の時間に、なんとなく子どもたちの姿を気にしている大人がいる。

そういう小さなことの積み重ねで、地域の安心はできている。

ただ、その小さなことを続けるのが、今は難しくなっている。

交通指導員も、なかなか新しい人が見つからない。

僕のまわりでも、6年間の間にいろいろなことがあった。交通指導員をしていた人が不慮の事故で亡くなったこともある。病気で続けられなくなった人もいる。

代わりを探しても、簡単には見つからない。

みんな生活がある。仕事がある。体力の問題もある。朝の時間に毎日立つというのは、口で言うほど簡単なことではない。

だから先日、交通指導員の75歳定年を撤廃することに賛成か反対かというアンケートが来たとき、僕は賛成に〇をした。

ただし、それは単純に「高齢になっても続ければいい」と思っているからではない。

本当は、75歳を過ぎても頼らなければならないほど、人が足りないという現実のほうが問題なのだと思う。

でも、現場を見ていると、定年だからといって一律に終わりにするのも難しい。元気で、続けたいと思っている人がいるなら、その人に続けてもらうしかない場面もある。

賛成に〇をしながら、少し複雑な気持ちもあった。

地域の見守りは大切だ。子どもの安全は守らなければいけない。けれど、それを支える大人たちも、いつまでも元気でいられるわけではない。

「子供110番の家」が減っているというニュースも、同じ問題を抱えているのだと思う。

ステッカーを貼ることはできる。看板を出すこともできる。けれど、実際にそこに人がいるのか。何かあったときに対応できるのか。子どもが本当に駆け込める場所になっているのか。

そこまで考えると、ただ数を増やせばいいという話ではない。

個人の善意だけに頼る仕組みは、だんだん続きにくくなっている。

共働きの家が増えれば、昼間に誰もいない家も多い。高齢になれば、引き受けることに不安を感じる人もいる。知らない子どもを家に入れることに、責任やトラブルを心配する人もいるだろう。

それは冷たいということではない。

今の社会では、そう感じるのも自然なことだと思う。

だからこそ、これからの見守りは、もっと無理のない形に変えていく必要があるのかもしれない。

個人宅だけでなく、店や事業所、公共施設、学校、地域の団体が、それぞれできる範囲で関わる。誰か一人に大きな負担をかけるのではなく、少しずつ分け合う。

そういう形でなければ、長くは続かない。

僕自身も、いつまで交通指導員を続けられるかはわからない。

定年まで、あと20年ほどある。できれば、そこまでは頑張ろうと思っている。

けれど、実際には自分の体のこともある。店もある。年齢も重ねていく。今はできていることが、いつかできなくなる日が来るかもしれない。

それでも、今朝も横断歩道に立つ。

子どもたちが歩いてくる。車の流れを見る。旗を出す。子どもたちが渡っていく。

「おはようございます」と言ってくれる子がいる。

その一言で、少し気持ちが軽くなる。

子どもが苦手だった僕が、毎朝子どもたちの通学路に立っている。考えてみると、不思議なことだ。

でも、人は案外、やってみることで慣れていく。慣れていくことで、少し気持ちも変わっていく。

地域を守るとか、子どもを守るとか、そういう言葉は少し大きい。

僕がやっているのは、朝の短い時間、横断歩道に立っているだけである。

それでも、その「だけ」を誰かが続けていることで、子どもたちはいつもの道を歩いていける。

「子供110番の家」のステッカーも、交通指導員の旗も、ただの目印ではない。

そこには、誰かが少しだけ時間を使い、少しだけ責任を引き受けているという意味がある。

その小さな引き受けが、今の地域ではだんだん難しくなっている。

だからこそ、無理をしすぎず、でも完全には手放さず、できる人ができる範囲で続けていくことが大事なのだと思う。


今日は夕方から久しぶりに友人と飲みに行く。数年ぶりの外食である。

そんなに飲める体ではないが、おそらく酔うだろう。

それでも

明日の朝も、たぶん僕は横断歩道に立つ。

子どもたちが通る。

僕は旗を持って、車を見て、少しぎこちなくても挨拶を返す。

それくらいのことでしかない。

でも、今の僕には、それくらいのことを続ける意味が、少しだけわかるようになってきた。

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