『33分探偵』は、推理ドラマの顔をした「毎度バカバカしいお笑い」だった

『33分探偵』は推理ドラマの顔をしているが、中身は寄席などでよく使われる「えー毎度バカバカしいお笑いを」に近い。(寄席に行ったことはないが・・・)

事件は冒頭でほぼ終わっている。犯人は現行犯で捕まるか、自首している。そこへ探偵の鞍馬六郎が現れて、「この簡単な事件、33分もたせてやる」と言い出す。33分とは、CMを除いた正味の放送時間のことだ。

六郎が相手にしているのは、犯人ではなく放送時間である。そのくだらない引き延ばしを、出てくる全員が真顔でやり切る。目指す先もなければ、積み上がっていく物語もない。だから、どの回から見ても同じように楽しめる。

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題名に引きつけられて

僕は「33分探偵」という題名に引きつけられた口だ。33分で何をどう解くのか、何か仕掛けがあるのだろうと思って見始めた。

ところが33分は、謎を解くための時間ではなく、埋めるための時間だった。題名で引きつけておいて、やっていることは結局「毎度バカバカしいお笑いを」である。最初からそういうものを目指して作られている。見ていて、そんな気分になった。

肩すかしといえば肩すかしだ。ただ、正味33分という長さを考えると、それはそれで理にかなっている。

見どころは、推理より「時間の埋め方」

六郎は、関係のない人を次々に容疑者にしていく。理屈が通っているように聞こえるが、よく聞くと何も通っていない。決め台詞は「果たしてそうでしょうか?」。詰まると「なんやかんやは、なんやかんやです」でごまかす。そして結局、ほとんどの回で、最初に捕まった人が犯人のまま終わる。

推理ものとしては身も蓋もない。だからこそ、見る側の関心は「次は誰を疑うのか」「どこまで引っぱるのか」に移っていく。

現場への移動も同じだ。セグウェイ、籠、トラクターと、毎回妙な乗り物に乗り、合成は明らかに雑である。そこへ「高度な合成映像のため真似しないでください」とテロップが出る。安っぽさを隠さず、安っぽさで笑わせにきている。

その中で面白かったのが、助手のリカコを演じる水川あさみが、たまに見せるコメディっぽい顔だ。ずっとツッコミに徹しているわけではなく、ふいに顔が崩れる。その瞬間が妙に残る。

振り返りざまの水川あさみがいい!

止まっているのは、画面ではなく人間

エンディングでは、出演者がポーズを止めたままクレジットが流れる。アメリカのコメディ『ポリス・スクワッド!』へのオマージュだという。

よく見ると、止まっているのは画像ではない。人間が一生懸命止まっているのである。熱々のたこ焼きを口に入れたまま、くすぐられながら、それでも動かないようにこらえている。

止め絵にすれば一瞬で済むところを、わざと生身でやる。こらえきれない揺れまで映ってしまうところが、新しくて面白かった。

『勇者ヨシヒコ』と比べると

本作は、のちの福田雄一作品の出発点として語られることが多い。たしかに、鑑識官役の佐藤二朗や、第8話で誘拐犯を演じるムロツヨシなど、のちの福田作品でおなじみになる顔が、すでにここにそろっている。

ただ、同じ福田作品でも『勇者ヨシヒコ』とははっきり違う。ヨシヒコには、ばかばかしいなりに最終的な目標がある。話はそこへ向かって進んでいく。

『33分探偵』には、それがない。毎回事件が起き、引き延ばされ、そして終わる。どこから見ても、同じような話として見ることができる。

後の作品につながる「原点」を探しながら見ると、この違いを見落とす。一話完結で、前にも後ろにもつながらない。この作品は、むしろそこが持ち味だと思う。

ただし、続けて見ると型が見えすぎる

その持ち味は、そのまま弱点にもなる。全9話、基本の流れはほぼ同じだ。事件が起き、犯人が捕まり、六郎が引き延ばし、最初の犯人が犯人のまま終わる。

一話ずつなら笑えるが、まとめて見ると次の展開が読めてしまう。舞台が結婚式場から豪華客船へと変わっても、笑いの仕組みは変わらない。

ガチャピンやムックが出てきたり、他局のドラマに触れたりするメタ的なネタも、放送当時の空気を知らないと伝わりにくいところがある。

見るなら、食事時に一話

謎解きの手応えを求める人には向かない。真相は、ほとんど最初から分かっている。

探偵ドラマのお約束を見慣れていて、それが崩れていくのを気楽に笑える人に向いている。

見るなら食事時がいい。正味33分で、どの回から見ても筋に迷わない。ご飯を食べながら、さらっと一話。それくらいの距離感が、このドラマにはいちばん合っている。


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