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鑑賞ノート
芥川龍之介「あばばばば」徹底解説:あらすじから時代背景、母性の深層まで
芥川龍之介の後期を代表する短編「あばばばば」。多くの読者がまずその奇妙な題名に首を傾げるであろう 。「あばばばば」とは一体何を意味するのか。ある者は、作者の精神が錯乱し、意味をなさぬ言葉を発しているのではないかとさえ想像するかもしれない。... -
鑑賞ノート
1938年版『忠臣蔵 天の巻・地の巻』レビュー|阪東妻三郎×片岡千恵蔵共演作
日本映画史に燦然と輝く超大作、1938年版『忠臣蔵 天の巻・地の巻』。阪東妻三郎、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎ら125名もの豪華スターが共演し、オリジナル版は171分という壮大なスケールで描かれた仇討ち物語だ。 出典:www.amazon.co.jp 残念ながら完全版は失わ... -
お店と日々
唯心論と唯物論の話が、喫茶店で始まった理由
店をやっていると、いろんな人と話す機会がある。何気ない会話なのに、あとから妙に心に残るやり取りも少なくない。 今日書いておきたいのは、そんな一人との話である。 その人と知り合ったのは、店を始めたばかりの頃だった。鞆で、姉の同級生が営んでい... -
鑑賞ノート
何かが起こりそうで、何も起こらない夜——永井荷風『或夜』に残る余韻
永井荷風の『或夜』は、派手な事件が起こる小説ではない。人が殺されるわけでもなく、恋が劇的に始まるわけでもなく、主人公の人生が大きく変わるわけでもない。 けれど、読み終えたあとに、妙な寂しさが残る。それは「何も起こらなかった」からこそ残る寂... -
鑑賞ノート
踊る一寸法師と、幼い日の恐怖 ― 僕がホラー映画を好きになった理由
踊る一寸法師と、幼い日の恐怖 僕は映画が好きだ。特にホラー映画が好きだ。けれど、どうしてこんなにも“怖いもの”に惹かれるようになったのかと考えると、その原点はいつも、ひとつの物語に行き着く。 出典:Perrier's 雑文書庫 - FC2 小学生の頃に読んだ... -
鑑賞ノート
聖女か、狂女か、復讐者か:映画『ジャンヌ・ダルク』(1999年)が問いかける信仰の本質
1. 導入:時代と女性の交錯点 1999年、新世紀を目前に控えた年、リュック・ベッソン監督によって一人の少女の物語が映像化された。『ジャンヌ・ダルク』(原題:The Messenger: The Story of Joan of Arc)は、15世紀フランスを舞台に、神の声を聞いた一人... -
鑑賞ノート
月明かりの影が触れてくる——『ノスフェラトゥ』と静かな恐怖の記憶
100年前の映画を観るとき、私はいつも少しだけ身構える。映像は荒れ、テンポは現代のそれとは違い、演技も芝居がかって見える。それでも、この作品だけは違った。『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)を見直した夜、私は言葉にならない“沈黙”のようなものに包... -
鑑賞ノート
「ミステリと言う勿れ」第4話で朗読された名詩――三好達治「乳母車」を読み解く
フジテレビのドラマ「ミステリと言う勿れ」第4話で、雨の中、記憶を失った爆弾犯・三船三千夫が主人公の久能整に向かって一篇の詩を朗読する場面がある。三好達治の「乳母車」である。 出典:シネマカフェ cinemacafe.net 「ラストがいいよな」と呟く三船... -
鑑賞ノート
『勝手にふるえてろ』―10年間の片思いと現実の狭間で揺れる、こじらせ女子の恋物語
松岡美憂は、多少だが推しの女優である。その主演映画だったので、軽い気持ちで「勝手にふるえてろ」を観た。 観終わった後の感覚が不思議である。笑っているのに胸が締め付けられる。主人公の行動は理解不能。なのに、どこか共感している自分がいる。 こ... -
鑑賞ノート
ブームの臨界点で生まれたメタフィクション――『金田一耕助の冒険』再考
はじめに――これは「金田一映画」ではない 1979年7月14日公開の映画『金田一耕助の冒険』は、横溝正史ブームの絶頂期にあえてブームそのものを笑い飛ばしにかかった、日本映画史上初のパロディ映画である。 監督は大林宣彦、主演は古谷一行。角川映画が手が...