便器のコードから古城へ — ドラキュラと映画好き店主の思考

※この記事には「トイレ」「排泄」など日常の身体に関する表現が含まれています。気になる方はご注意のうえお読みください。

トイレ掃除をしていたら、いつもは気にしない便器のコード(電源線)にホコリがたくさん付いているのを見つけた。

普段は見ない場所だから、丁寧にホコリを拭き取った。

そのとき、なぜか頭に浮かんだのは「ホコリだらけのドラキュラ城」だった。そして突然、こんな疑問が湧いてきた。「ドラキュラってトイレに行くのかな?」

まず本当の歴史の話をすると、昔のお城にもトイレはあった。「ガルデローブ」と呼ばれる簡単なトイレで、城の壁から外に突き出た小さな部屋のようなものだった。下には穴が開いていて、そこから排泄物がお堀や地面に落ちる仕組みになっていた。城の壁の中に作られることもあった。今みたいに快適なものじゃないけど、ちゃんとトイレとして存在していたのだ。

このガルデローブは、今の水洗トイレとは全然違う。臭いも漏れるし、決して気持ちいい場所じゃなかった。でも、お城で暮らす人たちも人間だから、トイレなしでは生きていけなかった。城の壁から突き出したこの設備は、昔の人たちの生活を物語っている。

でも、ここで「ドラキュラのお城」を想像すると、何か変な感じがする。小説や映画に出てくるドラキュラは「死んでいるけど動いている存在」として描かれることが多い。

ドラキュラが夜中に血を求めてさまよう姿はとても怖いけど、物語の中で「ドラキュラがトイレに行く場面」なんてほとんど出てこない。それは、吸血鬼が「人間とは違う体」を持っているからだ。血を吸う以外の普通の体の働き(食べる、トイレに行くなど)は省かれていて、特別な存在として描かれている。

この設定で考えると、「ドラキュラが人間みたいにトイレに行く必要がある」という考え自体が、物語の常識から外れているのかもしれない。

でも人間の立場から考えると、「トイレに行くこと」は毎日必ずやることで、避けられない体の営みだ。トイレに座って用を足して、きれいにする。それが当たり前の生活だから、ホコリだらけのトイレを掃除しながら「ドラキュラ城のトイレってどうなってるんだろう?」と想像してしまうのは、ある意味自然なことなのかもしれない。

ドラキュラ城を思い浮かべると、石の壁、暗い廊下、ホコリが積もった大広間――そんなイメージが先に出てくる。でも、その裏側には普段見落としている「日常生活」が隠れている。

昔のお城は戦いや政治の場所でもあったけど、同時に人が毎日生活する場所でもあった。そこにはトイレがあって、誰かがその汚物を片付けて、臭いと向き合っていた。そういう細かい日常の様子を想像することは、ファンタジーの世界を現実に引き戻す瞬間でもある。

そしてまたトイレ掃除に戻ったとき、ホコリの塊を見ながら思う。人間である限り、体という物理的な制約からは逃げられない。

トイレに行くことは当たり前の「体が持つ印」だ。それを持たないとされるドラキュラという想像上の存在と、自分の体との間には大きな違いがある。

だからこそ、「ドラキュラ城のトイレ」を想像するという変な空想は、日常と非日常を行ったり来たりする思考になる。

まあ、こんな思考をするのは暇なときに映画のことばかり考えているからかもしれないが😆・・・

それでも掃除した便器のコードを見ながら、ふと思う。日常のちょっとした出来事が、世界をまったく違う角度から見せてくれるのだと。

ホコリとトイレ、お城と体、吸血鬼と人間――違うものをつなげる想像力が、僕の毎日に小さな驚きを生んでいる。

そして今日もまた、普通の日常が空想の入り口になる。

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